カオスの弁当

中山研究所blog

『太陽の器』/夢中観劇随想録

 陽の光が、家の中に入れてくれーーと、もう二十年も戸を叩き続けている。

 そう妻が警察の調書に記している。

 そうーーなら、と私はいう。

 開けてご覧なさい。その青年は家で焼かれてしまった、よ。と。

 

 肝心な記憶がはっきりしないのだけれども、何分夢の中の事なので致し方ない。

 やな寒気と喉の渇きとで俄に目が醒めた頭の中に、この冒頭のセリフだけがはっきりとリフレインされていたので忘れてしまう前に筆を起こした。

 

 冷めた頭で振り返ると、如何にもな三流芝居の鼻につく台詞に過ぎず、何がそんなに面白位と思ったのか自分でもちっとも分からない。

 芝居のタイトルは初め、思い出さなかったのだが、水を飲んで布団に戻った辺りではたと思い出した。

 何処かで見かけたりしたにせよ、そんなものを思い出す切っ掛けが分からなかったが、兎に角、珍しくはっきりと覚えている此の文句に至るまでの流れを、忘れていない範囲でざっくり記録してみようかと思う。

 

 状況はこれもまたはっきりしない。ただ、時間を進めた後の方になってみるに連れて段々と筋も明らかになって来た。

 よくよく分析してみると、夢の元ネタも明らかになって来た。ああ、これは『テネット』だ、と。勿論、ただ何とはなしの印象である。部分々々の造形には、その前日に触れた情報が反映されていて、『テネット』らしい部分は、といえば、夢の醒める直前に抜け出したシアターの外の建物内の三叉路の景色くらいなものであった。よく思い返してみると、色とか照明とか全然違うのであるが。

 

 肝心な事を覚えていない、思い出せない、というのは夢の事に関する記憶のお約束である。

 だが、書いている内に一つはっきり思い出したのだが、それは冒頭に掲げた芝居のタイトルである。

 なんだかパンフレットをその場で読んだかのような気がするのだが、その途端、その場をすぐ立ち去らなければならない事が口惜しくなった。

 状況は複雑である。それは夢の事とてやむを得まい。が、因果関係が結ばれた事件を要件と見做して、それらを摘んで事系列に並べて記すと以下の様になる。

 まず私は初め、私は廃屋から抜け出た所であった。記憶のはっきりしている間から、自分は何か親戚か幼馴染か、よく分からない女の子を一人伴っていた。正確には、自分が伴われていたのかも知れないが、兎も角曖昧なのでよく分からない。

 ただ、その「物語」の核となっているのは、タンポポの綿毛とアザミであった。

 タンポポの綿毛とアザミは、どれも私にとっては馴染み深い近所の野草であった。ゲームでいう、ルート分岐みたいなのが、この物語の最初にどうやらあったらしい。

 それは、「タンポポ」と「アザミ」のどちらを綿毛と成すか、という事であった。結局私の中では、より絵的に華々しい方を選んだようであった。

 兎も角、それで私は、タンポポ=綿毛で、棘だらけのアザミの花を見るまで、彼女を振り回して歩き通していたのであったが、その道中というのはーー飼った事はないので正確には分からないのだがーー犬の散歩の様に、繋いだ手の先の方へ牽引される形で、或る意味、自動手記の様に運ばれるのであった。

 

 それで方々、幾つかの場所を巡ったようなのだが、覚えているのは、ちょっとした工場の建物くらいの大きなお屋敷が実は全て年老いた藤の木の一本が張り巡らした全身にプロジェクション・マッピングされていた幻影だと明らかになった辺りからであった。

 其処には長い事、老人が一人で暮らしていたかで、その人物が生死不明で確認の為に二人して訪ねていくーーという、全く脈絡のない展開であった。

 家に入ると、自分とその少女は、その木の下で何か夢を見せられた。見せたのが老人か藤の木なのかは不明だった。内容はドラマの予告編みたいなもので、テロップもなければ筋も分からないのであるが、その家の主人だか何だかが若い男の家に火を放って、その男というのが間男なのだが、妻に内緒で事故死に見せかけて焼き殺したーーという全く詰まらないものであった。

 そして、興醒めしてボンヤリしていると、何故か石仏かお地蔵さんの化身が現れて、それが怪力を持って屋敷の或る梁と柱を連結させていた部品をずらすだかした。

 すると途端に、自身を家屋敷だとか見せかけていた妖樹の幹がメリメリ地面から剥がされたらしく、自分らの見ている前で、その正体が露わになった。剥き出しになった枝の入り組んだ藤棚の骨格が無様に露わになった。足元も相応に根っこが隆起して凸凹していたが、そこをーー以前なら扉や壁が仕切っていたであろう空間をーー足を取られない部分を選択しながら進んで行くと、呻き声と共に、地面から外された電柱くらいの高さのある木の幹が、倒れる寸前で自分自身の網の上に寄り掛かって私達を、無い目と顔で睨んでいる様子だった。

 

 その傍をさっさと潜り抜けると、中学校の建物の横手に出た。正確には、近所の何校かある公立学校のアマルガムで、それだのに中学だと分かったのは建物の作りの不規則な事と、全体としての大きさの比であった。小学生よりも図体の大きな中学生を収容する校舎の寸法は、やや小学校よりも広い印象が私の中にあった。

 

 藪漕ぎをするのに前に立ってラッセル車の役目をするのは私で、そうで無いと絡まって直ぐ前に行けなくなるのだったが、そんな目の前の小径には腰の辺りにまで及ぶ草丈のアザミが生茂っていた。

 愈々、クライマックスなのだな、とは、そのタイトルーー伏線ーー回収の展開から察せられたが、そこにタンポポーー綿毛ーーが見当たらないので妙に思っていたら、相方もそれに気付いたらしく、足取りが重かった。

 何処かで分岐を間違えたらしい。

 それが何より意気消沈する/させる理由だったのであるが、自分としてはどうでも良いからさっさと前に進める事にした。

 藪のアザミは如何にも退転を阻むものであるように感じられたし、自分は又、今の自分の状況が煩わしくて仕方がなかった。何にせよ、恥ずかしいという思いと、人目に触れないのであれば、今暫くはこのままでも構わないかな、と思う気持ちが綯交ぜになっていて、結局、舗装道路の傍までに来てしまった辺りから、自分の手は羞恥心と煩わしさから連結器としての機能を失い始めていた。

 で、道路に出た所で彼女を放り出して、それから一人で歩き始めたのであったが、そこから、先に掲げた文言に至るまでのストーリーが開始されたようである。

 ただ、そういうゲーム仕立ての物語には全く私は疎いので、こういう説明であっているのかよく分からない。

 でも、比較的こういう語り方が適していると感じられる。

 

 それまでの相方は、そのまま舗装路を右に真っ直ぐ進んでいくと、その道は上り坂になっていて、先の方が葛折りになっていて、突き当たりに見えた所には遠い山の姿が見えた。元いた場所に帰るのだな、と思ったが、気にせず自分は腹が減ったのと、気分転換の為に、開放されていた建物の敷地内に入り込んで、そこの食堂だと思われた施設の引き戸を潜った。

 そこで、案の定、トラブルに巻き込まれたのであるが、その絡んで来た連中というのが執念く、十何年もそれから纏わりついて来たのであるが、恐ろしいのは、彼らのいう言葉が日本語ではあるものの、全く自分にとって要領を得ない言葉だったーーという事である。

 

 要領を得ないので、まず頭に入って来ない。だから、単語として聞き取れていたにせよ、それが羅列としてしか聞こえないので、丸で記憶に残らないのである。

 それが余計に私を「おかしな奴」と見せかけ、彼らに嘲弄を許す口実となっている事は理解出来たのであるが、兎も角こちらからしたら、その相手側の理屈は分かるので、目の前で取ろうとしたものを奪われたりしても平気であった。

 一応、書いておくと、私自身の少年期というのにこうした苛烈な事件は一個も起こらなかったし、又、相手の発してる言葉が、「言語明瞭、意味不明」という事態に陥る事も家の外では丸でなかった。

 

 ただ、何よりそれで自分が平気の平左でいられたのは、そこで手にするものが全て自分の物ではないからだった。

 又、相手も何かを弁えたもので、施設内のルールなのか知らないが、身体には決して危害を加えず、はっきりとした罵詈雑言というのも発しなかった。

 状況としては、話に聞く、監獄とか精神病院とかそういう場所に近かった。私はそこに偶々何も知らずと紛れ込んだ者であった。其処で、彼らは私に暗示をかけようとしているのだな、と感じたので、食事を抜きにして外に出た。

 進む方向は、丸で景色が違うのだが、今し方、「犬」が去っていった方角であった。

 

 夢の中では、進む方角にしか世界が存在せず、存在しない世界には関心の向きようもないので進みようがない。

 概して転倒した夢の、数少ない私の発見した規則は、世界が観察者に先んじているという事である。

 そもそも観察や経験という事自体が不可能な仕組みになっているのだ。

 それで自分が門ーー引き戸と入り口の敷石を一メートル足らず挟んだ場所にあったーーを出ると、彼らは無視されたのに腹を立てたのか、私を追いかけ始めた。

 と言っても走って来るのではなく、ニヤニヤしながら「オラついて来る」のであるが、その歩みは遅く、然し着実に私の行く先を予測してワラワラとゲジゲジのように這い出して来るのであった。

 その姿というのが、左右非対称の道化の様な衣装をしていて、明らかにその出所がフィクション由来である事を示していた。

 その頃になると、ようやく彼らの言っている言葉の内容も聞き取れるようになってきて、少しずつーー危ないとは思いつつもーー耳を傾けてみると、如何やら

 

「〇〇があるけど、××しないのか?」

 

という、紋切り型で自分の行動や結末を誘導しようとしているもののようであった。

 〇〇に当て嵌るのは、行動の動機や切っ掛けで、要するに本来なら私の中にしかないようなもので、それを指摘するフリをして、私の中に植え付けようと騒ぎ立てているのであった。

 風の精とか、蓋し「悪魔」とか呼ばれる存在はこういうものなのかーーと、その目論見に気付いた辺りで何やら無性に腹が立って来て、自分は人目も憚らずに、パパラッチの如き彼らに対して先回りして只管言葉を放ち捲りながら最大船速で歩き続けた。

 言いつつも、自分も本当にしようとしている事を話すのではなくて、出鱈目を話し続けるのであるが、意外とそれが難しく、うっかり自分でも気付かない内に「本音」を言わないように時々、しゃっくりをするみたいに言葉を噤む時というのがあった。そんな時には、彼らも黙り込んで「それで?」と言わんばかりに、ニマニマしながら並行して移動した。

 進行の邪魔をするのは、彼らの中では禁止とされている様子で、そうはならないように陣形を組んで歩いている。その陣形も又、よく出来たもので、自分が妨害する意図を以って彼らの網を突っ切って進もうとすれば、忽ち彼らが避けてーー結果的に彼らの思う方向へ誘導出来るようになっていた。

 

 予防線だかビフだかに相当する言葉も、そういう意味のない言葉を発するのに慣れていない人間からするとストックは直ぐに尽きるもので、景色が変わるに連れて自分も黙りがちになった。

 ここで何か罵声の一つでも浴びせかけて追い払うだけの貫禄なり術を持っていたら事情は違ったのであろうが、そういう交渉には全く経験がない自分は、今更、ダウンジングでもするかの様に、眉間から鼻先の辺りに感じる何がしかの感覚を想像して、その行き先へ只管、爪先を向けて移動していった。

 歩を進めると、彼らの形というのも、気が付けば随分と立派な物になっていて、そのファッションも奇抜だが、ありふれた物になっていった。対して、私の風体は何か愈々場違いなものの様にーーというのも、私の背格好は最初から然程変化がなかったのであるーー相対的に変化しつつあった。

 気が付けば、その場所は所謂ショッピングモールとか呼ばれる屋内の、羽田空港ほど天井のある巨大な空間で、彼らの円陣も苦にならない程、広々とした歩行空間が保たれていた。

 其処で自分は一旦立ち止まって、何か訳の分からない事を一人に向かって話した気がするのだが、その内容をよく覚えていない。

 確か

「僕は宿題をやったけれども、君はまだ宿題をやってない。やらなければいけないんじゃないか? そうなんじゃないか?」

とか、そんな風な事を言った所、その一人が吹き出して、途端に白けた様子をして文字通り散って行った。

 その足で自分は自動ドアを潜り、そこで列が出来ているのを見た。すると、確かに其処には、見た目こそ変われど、見覚えのある細工の顔が列を成して、何より、一人だけ背格好の変わらない高校時代の担任が何かを取り仕切っていた。

 その時、自分はうっかりして誘われもしない同窓会に顔を出してしまったような事に気付いて思い切り、バツが悪くなった。

 気が付けば金属製のケースを手に握っていた。10本入りのシガーケース位の大きさで、小窓が付いていて中に硬券が入っているような感じであったが、それが本物の招待券なのか、或いはさっきの食堂での拾い物なのか、確かめる術は目の前に明らかであった。

 列に並んでいる連中か、或いは其処で立ち回っている担任に声を掛けたら済む話なのであった。

 

 さっきの事といい、今置かれた状況とに心底無性に腹が立って、仕方のなかった自分は自分でも驚く程力が出て、ケースをへし曲げて手の内に何とか隠すと、誰かに声を掛けられない内に退散する事にした。

 フロアはホールとエスカレーターを中心にしてて、エレベーターや階段は周縁部に配置されている、よくあるビルだった。

 結局、いつに間にか彼らに誘導されてしまったのか、という疑念も浮かんだが、そんな事より一刻も早く立ち去りたいと思えば思うほど、不思議と人混みの中から見知った顔をいくつも見付けてしまうのだった。そのいづれも名前は出て来ないのであるが、兎も角、バレないよう、見つからない様に努めるのはーー専一、「如何して此処にいるの?」と訊かれない為であった。

 正直に答えても恥ずかしいし、偶然だと言っても信じて貰えないだろう。何よりか、声を掛けられなかった者が、当日闖入する事ほど、お互いにとって厄介な事はない。招かれざる客も無礼には違いないが、多少縁故があって誘わなかった主催者もこの場合、少し許りは無礼になるのだ。

 

 不要な接触は兎に角避けようと先を急いでいると、コインロッカーのブースを抜けた辺りで、先程の「悪魔」連中の一人と思しき奴が傍から飛び出して来た。

 その顔と一瞬、目があった。が、自分はそれは咄嗟の反応であったし、それで誤魔化して先を急いだ。相手も何かに気付いた様子であったが、もう済んだゲームを再開する程の温度でもお互いになかったようである。

 

 相手が怯んだ隙に自分はどんどん前へ進んでいたが、その頃にはもう、起きている間に歩いている時の、普段通りの調子に戻っていた。

 改めて、視界の広さに満足していると、先程、トイレから出て来た小鬼がちょこまかと走り回っているのを目端に捉えた。

 余裕が出て来ると夢の中でも観察者の地位を得る事が出来るのだが、その野球帽にサッカーのサポーターの様な姿というのは、如何にも自分から見て「奇妙」だったが、段々にそれが数を増やしていくと、今度は反対に自分の姿というのが如何いうものか気になって来た。

 それで見ると、ロングコートに帽子を被ったいつもの格好だったのだが、それが彼らのユニフォームと併せて、場をこれ以上ない程、混乱させているのが明らかだった。

 場所はモールの中の映画館の様であった。気が付けば自分は半券もないのに大分奥まで紛れ込んで来てしまったようで、ただそれを咎める係員とかもおらず、人が大勢、劇場から劇場へ移動している最中だったから、自分も暫くぶらぶらしながらボウッとしている者であったが、不図、さっきのゴブリンがこれから何を観る予定なのか興味が起こった。

 そして、シャアシャアと環境音の喧しいシアターの中に入ると、パンフレットかチラシを何処からか押し付けられた。

 

 其処に書いてあって、自分は読んだ文章というのが、冒頭に掲げた文句だったのであるが、其れを読んだ瞬間に、俄然その芝居を観る気が起こって、急いでチケットを買いにシアターを出た所で、開演五分前だかのアナウンスがブザーと共に鳴り響き出したのであった。

 更には、駆け足で此方へ向かって来る小鬼の顔が、チラリと此方に向けられて、屈託のない顔で笑ったりしたので、愈々自分は残念に感じてロビーの階段を降りたのであった。

 

 そのタイミングで目が醒めたのであったが、目が醒めた直後の感想は、

「物も言いようだな」

という何の捻りもないものだった。

 芝居を観た訳でもないし、感想もこれ以上ないのであるが、もしこれが、“藤屋敷”の下とリンクしているのだとしたら、愈々観られなかった事が残念で仕方がない。

 こんな真冬に薄着をして寝た自分が悔やまれる。

 

 所で、少女の行方はとんと検討がつかない。

 まさかに死んだか、或いは陽の光を待ち侘びているのかも知れないが、だとしたら自分は火を付ける役に回ったのかも知れないと考えると、切符を持ってなくて良かったような気がしないでもない。

 

 分析は特に必要としていない。寧ろこれは、表面的にそれだけで愉しむものだと理解している。

 或いは既にして雄弁にそれ自体が語り尽くしている感も無きにしも非ずだ。

 

(2021/01/15)