カオスの弁当

中山研究所blog

緋毛氈

 Uは竹馬の友であり、彼此二十年来の知己であるが、現実には七、八年音信を取り交わしていない。

 然し、何かといえば肝心な時に顔を出して来る奴であって、今日もまたそんな例によって夢から醒めた自分の話を一頻り聴いた後で、

「それは面白いから、そのまま漫画にせえよ」

と、薄ら笑いに掠れた声を発しながらケタケタと笑った。その顔が伎楽面の胡人の相に瓜二つで、眼鏡の底の抉った様なカーブを描く眦は箆で削いだ跡みたいにくっきりとしていて、それがまた元通りに直る内に空が茜色から紺色の更に深い水色の深いグラデーションに転じて、レイヤーの置く順番を間違えたかの如く、七つ白い星が突き出た天際の山の端に凭れ掛かっていた。それを見て、これは屹度書くべき啓示に違いないと察知した。

 

 部屋は歪んでおり、幾つかの小胞に分かれ、絶えず移動していた。その中を歩むと自分を避けて部屋自体が異物を排雪しようとしてむずかっている様にも思えたが、確証はなかった。

 まず初めに、右側の壁に子供が一人凭れ眠っていた。次にその向こうの部屋に腹這いになって寛ぐ、もう少し幼い子供達が二、三人、此方の気配に気付きながらも、なおも蠕動する床の上で転がりながら笑っていた。

 今にも押し潰されそうな部屋の中で、蹲るようにしてただ一人、話の判りそうなのが直ぐ足元にいるものだと分かり、話し掛けようとしたが、間もなくその目の胡乱な事に気が付いて、自分はその場から離れて、取り敢えず、奥の二人だけでも助けようかと躊躇した。

「お客さん」

と、それだけ娘が口に出すと、唇の先に薄ら笑いの紅色が少し恥ずかしげに歪んで見えた。それから自分は、自分が何しに此処に来たかを知らないのに漸々気付いて、後退りした。ドアは直ぐ背後にあった。

 自分がそこに用事がない事に気が付くと、案外直ぐに出る事が出来た。逃れた先で、一段高い部屋のドアを閉める寸前、幼い首がゆっくりと又元の位置に戻ろうとするのを見て、未だ何か自分にも出来る事はあるのではないかと思ってドアを元の位置に少し戻すと、同じ様に又正気付いた頭がゆっくりと此方に向き直る様な挙動を見せた。奥では相変わらず、小さい頭や手足がゴロゴロと戯れ合って動いているのが覗けた。

 自分はその侭、ドアを開け放しにして目を醒ました。

 

 個人的に、Uとは好みの合う奴でーー少なくとも自分はそうだと思っているーー奴に話したのは正解だったと星を見て改めて思った。

 そして今一つ、これは彼が見た夢だったのではないか、と何とはなしに考えた。

 

 ーー若しかしたら、あの部屋の奥にUが居たのではないか?

 若し、そうだとしたら自分が彼処に行く理由も何とはなしに見当が付くものであった。

 ただ、そうであったとしたら、自分はそこに踏み込まなくて正解だった、と考えた辺りでゾッとして目が醒めた。

 北斗星は爛々と空に犇き輝いていた。

 

(2022/04/04)