カオスの弁当

中山研究所blog

インコの羽

 南米奥地アマゾンの密林の中で男が一人、インコの羽を纏って死んだそうである。その死体が発見されたのは死後数十日が経過したあったそうであるが、男は彼の部族の最後の生き残りであった。

 こうして彼の死を以て、彼の部族もこの地球上から絶滅した。インコの羽に彩られた男の死体は、正に南米大陸が織り成した文学幻想の綾錦の様である。だが、これが彼の地の現実である様である。

 

 風邪を引いた時に、或いはこれから自分が熱を出しそうだと悟った時に自分で着替えや食料を用意する。それは何の不思議もない、それが密林の奥であれ、京浜工業地帯の辺縁であれ、ただの日常の生活の営みの一に過ぎない。

 男がどの様な信仰や世界観の下にインコの羽を纏ったのかは今や地球上で誰も知る者はいない。だが、その魔術的な死装束も、所詮は他人が想像する程には空想的でもなく、恐らく指紋の跡がくっきりと見える、生身の生活の一部に過ぎない。

 

 もし密林の奥地で一人死んだ男の死に様が何か特殊に見えるとするならば、それは彼の生きていた現実が彼の生命と共にこの地上から、それを支持していた彼自身と共に消え去った為であろう。

 そして、その現実が傍目にはどれだけ夢幻の様に見えるとするならば、それは彼の現実が彼自身により相当強固に維持されていた証である。それは既に彼以外にそれを支持する仲間のいなくなった現実を男が一人で固持し続けた証である。

 

 そして、その様な強固な意志で支えられていた現実も彼自身の死によって「インコの羽」に変貌した。もう誰もそれが何であったかは誰も分からないし思い出す事もない。

 人間の現実なんてものはそうして生きている間にその人が支持している夢想に過ぎないーーというのは、極あり触れた思想である。けれども、その様な故事すらよく忘れられた時代にあって、遠い海の向こうに大変な人がいたものだとつくづく関心する限りである。

 

(2022/09/03)

https://www.bbc.com/japanese/62710641