カオスの弁当

中山研究所blog

シン・エヴァと電線と電柱と

 ネタバレにならない程度に映画の感想を書いていく。今回は電線・電柱が表象していたものについて。

 

 『新世紀エヴァンゲリオン』といえばお馴染みの舞台装置、電線・電柱は今度の映画ではあんまり出番がなかった。

 ただ、予告編などでも既に示されていた通り、出てこない訳ではないのだ。が、既にそれらは言わば「死んだ」状態で登場する。とはいえ、それらは『Q』で既に「死んでいた」訳だが……。

 

 『Q』以降のエヴァ劇中における電線・電柱達を振り返ると、『破』までは、何だかんだでそれらは、辛うじてでも健気にセカンドインパクトを乗り越えて生きながらえて来た人類とその世界の象徴の一つとして、主人公たちを取り巻く要塞都市の毛細血管として劇中景色にしばしば登場していた。

 所が、ニア・サードインパクトによって『火星の人』(映画『オデッセイ』)のバクテリアよろしく、瞬く間に壊滅してしまった人類と共に、電線と電柱は機能を停止して完全に廃墟の一部となってしまった。

 

 へし折れ、虚空に浮かび、一面血で染まったような真っ赤な世界に黒いシルエットを湛える夥しい瓦礫の中で、なおその形骸を留めて観客の目を引く電線なり電柱は、そこに映っていない生き物(人間)の大量死(正確には、劇中に於いてはそれが「死」と呼べるかは不明なのだが)の痕跡として画面の中に犇めいているものである。

 

 

 所で、海外のゲームとかだと、子供の死体とかを表示出来ないものだから、ホラーゲームでも代わりにぬいぐるみが廃墟にポツンと残されているーーというような描写に置き換えられるらしい。

 旧劇場版でも新劇場版でも割合、「エヴァ」ではきちんと人が死ぬ様子や死んでいる事を示す場面なりセリフは設けられている。

 そもそも論だが、往々にして特撮映画やロボットアニメでは人が怪獣や敵のロボットに殺されたり、戦闘が行われてその中で色々なものが破壊され死んでいく描写が、その作品の見所、醍醐味となっている。如何に死なせ、如何に殺すかーーこれが肝と言っても過言ではない。

 

 ただ、此処で注意するべきは、その醍醐味は飽くまで過程としての死に至るまでの描写が醍醐味である、という点である。

 アニメでも、殺した後の夥しい死体の散乱した様子とかは未だセーフでも、それらを破壊したりするシーンを描いたりすれば、放映が見合わされたり、真夜中の番組だろうと「湖水を滑るイカした船の映像」に差し替えられてしまう事だってある。

 蓋し、その線引きは存外、意外な所に意外な程、明白に存在しているものである。

 

 だが、それでも描きたい、或いは描かねばならない場合は色々な工夫が施されるもので、例えば人相が分からないくらいに乾涸びさせるとか、白骨化させるというものである。ぬいぐるみもそのバリエーションの一つである。

 そして、思うに今度のエヴァにおける電線・電柱も、比較的そのバリエーションに近いのではないか、と思われる。

(これは監督の半ば伝説と化した、初期の自主制作フィルム『帰ってきたウルトラマン』のラストシーンからも着想を得たアイディアである)

 

 エヴァの劇中では、実の所、主人公によって引き起こされた破局未遂に巻き込まれた人類は死んだ訳ではなく、何かよく分からない事情で人間の形を保てなくなり、一つに融合してしまって、いう所、行方不明・生死不明の状態になっているらしい。

 だから、機能停止して瓦礫の山の賑わいとなった電線と電柱も、それを「死んだ人間の痕跡」と表現するなら、「何かよく分からない大災害の発生によって、一遍に消えてしまった人間の痕跡」と解するのが妥当な所であろう。

 

 電線・電柱に限らず、破壊された家屋や街並み、交通機関なども、それ自体人間を襲った惨禍の痕跡を留めるものではあると同時に、そこからいなくなってしまった人間の「型」を留めるものでもある。

 それは丁度、ヴェスビオ火山の噴火によって丸ごと埋もれてしまったポンペイが現実の好例だ。

 ただ、エヴァの痕跡的景色は、かの遺跡を舞台にした幻奇小説『ポンペイ夜話』の様な耽美な抒情が見出せるほど古びてはいない。例え機能を停止していたとしても、電線や電柱のシルエットは、まだきちんと動いていた時の事を思い出させる程に形を保っている。生き物の死骸で言うなら、まだ温もりや面影が残っている有り様ーーとも言えるだろう。

 これが、廃墟をして、幻想が生まれる源泉たらしめる事を阻むのである。それは、よくよく見て仕舞えば只管に痛ましい景色でしかない。その痛ましさを抜きにして観る為には、形がよく残り過ぎているのだ。

 だが、その温もりが、形がなお、地上に留まっている事ーーそれが表現される事が物語の上で重要であろう事は、恐らく間違いないであろう。

 その残存せる諸々を電柱その他で表現する際には、従来の作品で用いられていたアングルで描いた、廃墟の画面が連続される。

 それによって、既に滅びてしまった、いなくなってしまった人間がそれに通わせていた電気なり何なりというのが、まだ何かその内に残っているかの様に「見せかける」事に成功しているーーように思われる。

 

 此処で“温もり”、“見せかけ”という言葉で示した事柄は、前作『Q』に於いて作中主要なテーマに据えられていたものであると筆者は考えるものである。そして、これらの主題が引き続き、新作でも持ち上げられ、それが電線と電柱に付託されて描かれているようだーーとするのが筆者の見である。

 

 

 極端にいえば、それら崩れた形でキープされた電柱や電線は、デュープとしての綾波レイの如く、魂のない肉体のメタファーとして「読める」かもしれない。

 そんな妄想を掻き立てる場面の極め付けは、月を背景に横転し続ける、宙に浮かんだ鉄塔の姿である。一瞬ではあるものの、このシンボリックなカットはテレビ版のエンディングアニメーションを彷彿とさせる映像である。

 

 ゴーチェの小説『ポンペイ夜話』では、結局青年の前に現れた古代の麗人の幽霊と彼との関係は、彼女の父によって幽霊が冥界に引き戻される事によって悲恋に終わる。身分違いの恋、基、死者の生者の分別が同作では「灰は灰に」という風に象徴的に描かれる。幽霊は灰に帰り、青年の前から永遠に失われる。

 こういうあらすじ自体は実にありきたりなもので、予測可能なものである。だから観客や読者は物語のバリエーションを楽しむものであると言える。

 作る側も工夫は当然するだろうが、見る側もそれ相応の見る工夫でもって、そのバリエーションを探して楽しむのも一興と思われる。

 ゴーチェの興趣は、ミュージアムに展示されていた「胸型」という奇抜なモチーフを核に据えた点に因んでいた。

 又、本説もその顰に倣えば、「電線・電柱」というモチーフに焦点を据えた一文である。

 

 

(2021/03/19)

神と悪魔と科学のエキスペクテーション、或いは不思議の線

▲人類の絶滅は神と悪魔と科学のエキスペクテーションなり。

▲人間の生命は国の生命より永からず、国の生命は地球の生命より永からず、地球の生命は宇宙の生命より永からず、宇宙の生命は人道の生命より永からず。

 ――長谷川如是閑『如是閑語』(1915)

 「描かれる電線と電柱」については、近年ノスタルジーを喚起するもの、とか、ノスタルジーの対象という風に言われる事が間々ある。ただ、そういう切り口が概ね皮相的に止まるのは、議論の対象である「描かれた電線と電柱」の為であると目するよりかは、論者のノスタルジーについての議論の低調さに起因するものであると見た方が適当であろう。

 この低調さについて、思うに筆者は2011年以降の電線と電柱に因んで惹起されるようになった今一つの印象の事が頭に過ぎる。

 それは、電力というものがそれ自体、現実の不安定さの象徴になってしまった、という印象並びに見解である。丁度それは、火傷をした子供が火と見たら全くこれを頑なに恐怖して拒絶する――という古めかしい比喩が全く相応しい反応である。ただ、この比喩自体が、それを用いるのが甚だ不適切であり自粛が求められるものと今日も「一般的に」判断されるものである、と、10年が経過した今日も筆者には肌身に感じられる。そして、これは何も筆者個人に限らないだろう。

 ただ、そうした自粛のコンセンサスは明確にただの一度も交わされた験はないと言っていい。にも拘らず、確かにそうした「規範」は存在するのである。ただ、それは規範というには聊か不穏当であり、屡それは全くの議論の余地もなく適応され、反省と自己批判とを要請する傾向にある。

 そんな規範が広く世間に伝播してしまった以降において、幾らかでも良識的に振る舞おうとする人々が、無邪気にそれらについて語る口を噤むようになったというのは、如何にも有り得そうな見立てであると筆者は考えるものだ。然し、この見立てが仮に的を射ていたとしても、それに基づいて種々の配慮を重ねた末に、ノスタルジー、郷愁を語るという向きに舵を切ったのであるならば、それは一見して適切なようで実は大間違いであろう。

 

 ノスタルジーは「電線と電柱」と密接な関係にある概念である。だからノスタルジー一辺倒でも「電線と電柱」を語ってしまおうとすれば、強ち一見して説得力があるのであるが、それ故に厄介な傾向なのである。

 それに拍車をかけるのが、ノスタルジーと対を成すような、カタカナ言葉が日常的に使われるものの中で見当たらない状況がある。これは日本語に於いても同様である。

 これに対して、昨今巷で見かける言葉をここで試みに当ててみようとすると、「郷愁」に対しては「希望」や「理想」が挙げられるかもしれない。然し、筆者は「希望」や「理想」は別次元のものとしてこれを当てず、「予感」「期待」という語を対置しようと思う。

 この「予感」「期待」のカタカナ語にはエキスペクテーション、より堅苦しい表現では、アンティシペーションがある。取り敢えず、此処ではエキスペクテーションをノスタルジーに対するカタカナ語として措く事を提唱するに留めるとしたい。が、例えば、この様な術語にしたって、一々議論がなされていても然るべきなのである。

 然し、巷間にはノスタルジー一辺倒の向きが無きにしも非ず、これが筆者の目下悩みの種といえるものである。詰まり、元よりこうした来し方10年の事情に関係なく「ノスタルジーだけ」を論ずるに満足してしまっている向きというのが、一定程度常に力を有する現状が別に存在しており、そうした向きと現今の傾向とが合流した時に起こる甚だしい停滞に対する憂慮乃至杞憂を抱きているという訳である。

 

 ただ、直近では練馬区美術館で先月末から開催されている『電線絵画』展や、今週最新作が封切りとなった『ヱヴァンゲリオン新劇場版』シリーズが、「電線と電柱」について注目すべき言及を行っている。

 例えば、『電線絵画』展に於いては、電柱・電信柱同様に架線を有する路面電車について、今でこそそれは純然たるノスタルジーの眼差しで見つめられるものであるが、それが登場したばかりの頃に描かれた絵画に於いては、架線を含めて「最新の都市風景」であった事が指摘されている。これは果たしてノスタルジー一辺倒に対する過去作品の鑑賞という見地に依った指摘であると言えるのみか、「電線と電柱」が未来への予感や期待、即ちエキスペクテーションの対象として存在していたことを示す意義深い指摘でもある。

 又、最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開中である『ヱヴァンゲリオン新劇場版』については、同じ監督による90年代に制作されたオリジナルと呼べるテレビアニメーションシリーズ及びその劇場版(通称「旧劇場版」)と併せて、1990年代のアニメに於ける「電線と電柱」のメルクマールとして目された時期が長く、界隈の議論に於いても常に主位を占めて来た作品であった。故に、この程完結する『エヴァンゲリオン』シリーズの「新」「旧」に於ける「電線と電柱」の比較研究は、当座「アニメに於ける電線と電柱」の、ひいては「描かれた電線と電柱」”研究”の大きな課題であるとも言えるものである。

 

 こうした極々最近の「電線と電柱」を巡る活発な動向が、常に停滞しているように見えた斯界に勢い息吹を吹き込むことにならん事を、筆者は密かに願って止まないものである。

 それは又、個人的には、ノスタルジーという居心地のいい言葉とその魅力とに安穏を求めて、そこに止まり続けるを良しとする一定の向きに対する反発に因むエキスペクテーションでもある。

 そして、これと併せて、今一つ、世間に於いて「電線と電柱」に限らず、現在憚りながら交わされている種々の議論が今よりも十分に成し得るような寛容さがこれ以降、醸成される事についても期待を寄せるものである事を最後に付しておきたい。

 

(2021/3/11)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1) - カオスの弁当 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2) - カオスの弁当

 

 

 さて、本稿の主旨としては、前回・前々回と続けて来て、ここで纏めて示そうというのは、彼・如是閑の小説作法というのが今少し、当初の如く、読み物として、娯楽作品として練り上げられる事があれば、今日彼の名前も幾分か今よりも知られて良さそうなものであったーーというものである。

 彼自身はその後、新聞記者として「批判」をその活動の主に据えて行ったものであるが、この「批判」というのはその文章の形式にも及ぶもので、今時考えられるような題材選びや内容に盛り込まれるようなものとしての批判に止まらなかった。

 

 如是閑が「批判」の為に用いた手法は寓話であった。『真実はかく佯(いつわ)る』はその集大成ともいうべき一冊であるが、このタイトルの読解は筆者の考えでは次の通りだ。

 即ち、寓話とは何がしか真実の一端が具体的に現れた例え話であるが、そんな例え話、事例で以ってのみこの世に現れる真実という奴は、自身を佯って人間を欺くものであるーーという所であろう。

 

 『真実は〜』以降の彼は、日本文化や伝統、「常識」についての積極的な発言を展開するようになる。その対象が果たして彼にとって、真実であったのか、或いは寓意を孕んだ対象であったのかについては、読者の立場によって分かれるところであろう。

 筆者は飽くまで、如是閑はそうした題材を実例として扱い、『真実は〜』で示そうとした一事をより明らかにしようと試みていたものと踏んでいる。

 然し、厄介な事には、彼の筆は屡々寓話と真実とを等価に扱おうとするのである。これは彼自身の思い入れと、新聞記者・著述家としての社会的・職業的立場がそうさせたものであろう。そして、この「二重性」が、彼自体を一つの寓話的存在にせしめている。詰まり、何か世の中の真理なりを知ってそれを世間に広めようとしているかのような、預言者的存在である。それが、本当の所、如何いう思惑でそんな事をしているのかは、如何とも余人/世人には中々測りかねるものであり、故にそうした人物の扱いは余程可愛がられるか、白眼視される。

 

 それが彼の世間に対してより自己をよく見せようとする宣伝活動であった、と見てほぼ間違いないだろう。そうする事で彼は謂わば自分の言論界の地位を守って来た訳である。それは自身の食い扶持と直結していた訳であり、何より彼の書く文章よりも、語った言葉よりも雄弁にその思想を体現していたものという風に筆者は考える次第である。

 極端にいえば、彼の評価に結びついているものは彼の言葉の内容ではなしに、その語っている事、書いているという事が持て囃されたのであるーーと考えるものである。それが彼の二つ名である「叛骨のジャーナリスト」の真髄であり、彼の今日的評価の限界を示すものであるように思えてならない。

 その価値は、そっくり新聞紙に準える事も出来るだろう。或いは今日のブログやSNS(これもブログの一種だが)の価値にも等しいやも知れない。ただ、あんまり此処で比喩を用いるのは話を余計にややこしくする事になるので控えようと思う。

 

 況や、彼に限らず、寓話作家はアマチュア、「素人」なのだ。素人であるが故に放言も可である、が、その言葉は何処までも軽んじられ、重きをなす事はない。ただ、軽薄故に手取り早く人口に膾炙して、親しまれる。

 その効用に注目して、何かこれを用いて世間を改造しようとか試みた者たちの中に如是閑は自身の拠を見出したのであった。そして彼自身も、そんな直ぐ火がついて燃えるような文章を好んでいた、血気盛んな読者の一人であった事はよく知られた話である。

 

 ただ、私(筆者)は、彼自身の内にはその埋み火を業火にするだけの何がしか燃料が如何程もなかったように思えてならないのである。

 それが果たして彼を不得手の通俗的娯楽小説から、一見高尚である新聞のコラムや寓話の方へ向かわせしめたように思えて仕方ないものなのである。自身の内面を探索して小説を書く事を彼は大所高所から自身の仕事ではない云々と見切りをつけてしまったようだが、それが本当に妥当であったかは、それこそもう本人の納得の問題であり、同じく「素人」ながら、故に素人考えで、彼がもう少し自身の内奥を掘削するような事をしたならば、どんな鬼が出たか、蛇が出たか、と想像せずにはいられないのである。

 

 何か物語とかを作るに当たっての、ガソリンもとい燃料というのは有り体に言えば悲喜交々の事であって、も少しカッコよくいうならパトスである。

 そのパトスを彼は若い内から早々に自制する方向に手綱を持って行ってしまい、それでもって物凄い勢いで自分のキャリアを邁進して行ったのである。見方によっては、そのエネルギーを新聞記者になる方へ費やした、とも受け止められる。

 実際、如是閑自身も新聞記者になろうか、小説家になろうか随分悩んだと述懐しているものである。詰まり、極端だが、偉大な新聞記者と卑小な小説家の元は同じと言えるのである。

 彼はその内、一方の結末としての悲惨な破局を延々回避しようとして逆走を続けた結果、大往生を遂げたのであった。

 

 ただ、彼がそうまでして逃れ続けていたパトスの向かう先に何が控えていたのかは興味が尽きない一事である。その洪水の彼方に見えるものの片鱗は、残された文芸作品に幾つか見て取れるものであるが、それを取りに行くよりかも、如是閑は現実的な生を選んだ訳である。

 そうした選択は屡々、現実にその人が生きている間は賢明なものとして評価されるものであろう。が、その死後、後世になるとこの評価は一転する事がある。それは傍が他人の人生に口を挟むような事であり、それこそ控えられるべき事であろう。

 だが、それでも嘴を挟む余地があるとしたら、それは故人が作家として小説を書いていた所にあると筆者は自身に都合よく考えるものである。

 それが何かしらの実験であり、探究であった事を作家自身が認めて、自身のキャリアとしても数えている。そこに後世の人間は楔を打ち込む事は許されているのである。何も秘密の原稿を暴き出して揶揄しているのではない。

 

 タイトルに掲げた「始メノ如ク終ワリヲ慎メバ」という『老子』の一節、「即チ事ヲ敗ルコト無シ」という句で締め括られる。

 これを素直に彼の人生に当て嵌めて読むと、後半部を切って四文字を揮毫したのは、秀逸というより他にない。当然読み手のそれは勝手なのであるが、素直に『老子』の引用として受け取るならば、それは与えられた人間、即ち読者への「命令」である。又、これを彼自身の心境を書いたものと受け止めるならば、流石は大家であるだけに剛毅であるーーとこれまた読む事も出来る。

 然し、更に此処で一癖捻りを加えて読むならば、それは「留保」として読めるものであろう。

 始メノ如ク終ワリヲ慎メバ……、その後に続くのは確かに成功を約束する力強い言葉なのである。が、そこから先は示さずに老翁は色紙を遺したものなのであった。

 そんな彼の態度を同時代の人間が「批判」しなかった事もなかったが、その批判自体も彼と合わせて忘れ去られてしまった。如是閑が新聞記者として名馬であった事は記録されている所だが、それが小説家としては迷馬であった事も同じく留められるべきだろうという事は、くどいようだが最後に此処に申し述べたい所である。

 

(終)

(2021/03/04)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1) - カオスの弁当

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3) - カオスの弁当

(承前)

 所でだが、如是閑と言えば何という肩書きが相応しいものであろうか?

 最も妥当なものは、新聞記者だろう。だが、今日では「ジャーナリスト」とか「思想家」、「知識人」というものまで散見される。寧ろ、新聞記者とだけ書いているものは少ないように見受けられる。

 ここで少し、そんな彼の肩書きから「知識人」について考えてみる。

 色々な意味はあるだろうが、筆者が思うにこれは「パトロンを持っている、そのパトロンから賢い人間だと評価されている人間」で、尚且つ、その生活の面倒を「間接的に」(ここ重要)支援されている人間を呼称するものであるとするのが妥当なところであろう。

 世間に数多ある「人気者」の種類の中で「頭が良さそうなキャラ」で売っているタレントーーそれが「知識人」である。実際に知恵者であるかは別問題である。具体的には、何かその人が講演会を開くなり雑誌を自分で作ろうとした時に、その雑誌を後押ししてくれる資産家のマダムが居るとか、名望家のサークルが控えているとか、そんなところである。

 数多のファンに支えられている、という訳でもないのが、付け加えて言うなら、今一つの「知識人」の条件だろう。

 

 勿論、そんな乱暴なことを言ったら袋叩きに合いそうなものだ。が、しかし、何はともあれ、袋叩きみたいなヤクザな事はしていい道理は何処にもない。言うまでもない事だが、念の為、である。

 さて、そんな手前味噌の意味に照らせば、彼如是閑は紛う事なき「知識人」である。

 ただ、ここに果たして、所謂世間的な如是閑像の多層性が明らかになるのだが、所謂「知識人」としての如是閑は、実際の所はごく狭い世間で活動していた食客未満の存在である、と同時に、職業的にはフリーとは言いながらも新聞記者であり、コラムニストであった。大手新聞や雑誌を通じて、多くの読者が見るのは飽くまでそういうチャンネル、媒体を通じて彼が演じてみせた世間体である。片や、如是閑個人が主体となって発行していた雑誌を通じて提供していた如是閑像は、明らかにそれとは区別して考えられるべきものであろう。

 

 「論客」「論壇」なんて事を言えばあたかも聞こえは良さげだが、所詮は観覧席に座る客に買われて席に座る品である。本当に請い願われて、三顧の礼でそこにいるーーというような品であるかといえば、果たして如是閑も如何だったか、甚だ怪しいものである。

 何せ彼は博士でもなければ、官僚でもない。実業家でもなければ政治家でもない上に、学歴でいえば当時の専門学校の卒である。しかも実家は破産したーーと来るから、「羽織りヤクザ」と呼ばれた新聞記者には相応しい品である。

 ただ、そんな彼のキャリアを後押ししたのは、彼より先に家計の現実と折り合いをつけて、早くから新聞記者として頭角を顕していた兄・笑月の存在であった。この笑月の存在を抜きにして、後の「叛骨のジャーナリスト」長谷川如是閑はあったものではないのだが、話がどんどん散漫になるから此処ら辺でやめにしておく。

 とはいえ、東京と大阪、両朝日新聞の社会部長の席がこの兄弟によって占められていた事実をなまじっか蔑ろにして、「知識人」如是閑のキャラクターを論じるのは手心加えすぎの感が無きにしも非ずだろう。

 

 

 話をそろそろ前回に引き続く形に軌道修正する。

 如是閑もとい胡戀のデビュー作は、懸賞金付きのコンテストで入選したものだったが、結局その賞金が作家の元に支払われなかったのは有名な話である。

 小石川の荒屋で病気療養中だった後の如是閑青年が、この間、ほぼ唯一外出らしい事をしたのは、そのコンテスト主宰者に直接賞金を取りに行った時だけだったーーとわざわざ半世紀以上経った後の自叙伝にも書くくらいだから、余程何か記憶が残らずにはいられない事だったのだろう。

 現実的には家計の窮乏と病気によって現在の生命すら危うい状態にあって、辛うじて生き長らえたとしても自身の立身出世どころか将来のキャリアも消えたも同然な条件の下で、何とか書き上げ、辛くも手に入れた小説の賞金が不意になったとなれば、中々に根に持って然るべき事項だと傍目には思われる。

 本人は晩年、雑誌の連載の中で当時を振り返り「いや、あの当時は家族揃って楽天的で、自分もそうだった」云々、吹かしているが、これを言葉通り受け取るのは、精々がその自叙伝が連載されていた雑誌の読者程度であろう。そういう飄々とした、如何にも老獪な人格が求められた雑誌媒体であった事を抜きにして、いかんせん読めないのが如是閑の記事であり、著作なのである。(無論、これは凡その著述家の著作に言える事だろうが)

 

  差し詰め「新聞タレント」として大成した如是閑であるが、彼が新聞タレントもとい新聞記者を志向して、所謂小説家を志向しなかったのは不思議と言えば不思議である。

 とはいえ、彼が新聞『日本』並びに『日本及日本人』を経て大阪朝日新聞社に入社した時点で、既に彼の小説家としてのキャリアは確立していたのであるから、大したものである。

 確かに『ふたすじ道』のような作品はその後暫く書かなかったが、それは彼の在籍していた新聞のカラーに削ぐわないものだったからだろう。なまじ小説などの娯楽も売りにしていたような朝日・読売に代表される小新聞に駆逐された大新聞の筆頭が『日本』とかだったりした訳である。

 如是閑はそんな「旧世代」の新聞の若手記者であって、その意味で「三面」社会面を任されたのは多分に経営的判断にも基づくものだったと見て良いものだろうが、そんな中で今現在でも矢鱈とツイッターBotによって流布されてるような『如是閑語』が生まれ、初期短編小説の『日本』『日本及日本人』に初出を持つような作品がこの時期執筆された。

 その小説群を俯瞰すると、『ふたすじ道』のような安直さは形を潜め、何やら慎重迂遠な物言いが目立つ作風となっている。ただ、これが少なからずコアな読者にウケたらしいのは、後の彼の「仕事」にも影響してくるものであり、それが今日的にはちっとも物語的には面白いとは思えないような作品がであっても、等閑には出来ない理由である。

 

 『日本及日本人』での仕事が結局、立ち行かなくなった後、兄・笑月の裏付けもあって入社した大阪朝日新聞でのデビューはすっかり鳴り物入りの興行となった。

 勿論、それが小新聞得意の誇大広告であったにせよ、それをするからには大朝から見ても、如是閑は少なからぬ実績を残したものと評価されていた事が此処から分かるのである。

 そして、その期待に応える形で如是閑もその「作風」を確立していく訳であるが、勢い付いた大阪朝日新聞は、往年のテレビ局よろしく、大型新人である新聞記者、もといタレントを方々に派遣して紀行文を書かせたりした。

 それが本人の意向にも合致していたので、後年、一世紀近く経った現在から振り返ると、その高邁な理想の威光に隠れてしまって、そうした興行的な新聞社の目論見が見え辛くなってしまうのだ。

 如是閑紀行文の白眉たる『倫敦』は、取材中現地での思わぬアクシデント(現地で開催されていた日英博覧会の取材をしようとしていた所で、当時の英国王・エドワード7世崩御(1910年5月)、急遽その国葬やら取材にも奔走する事になる)の取材も相俟って、旅費など予算をだいぶオーバーしたものの、世間の評判を買い、結果的には如是閑自身の新聞記者としての声望を不動のものにする連載となった。

 即ち、著述家、ライターとしての仕事の仕方を如是閑は大阪朝日新聞時代に習得したものと筆者は考える次第である。

 

 そんな如是閑だが、『ふたすじ道』以降に再び、比較的判明な小説を書くようになるのは、雑誌『我等』を自分で刊行するようになってからである。

 これが意味するのは、果たして今までとは違った読者を相手に、違うキャラクターで自分を世間に売り出して行こうとする、職業人としての如是閑の思惑である。

 

 なまじ、小説家ではなしに、新聞記者としての才能があったものだから、筆を奮わなかったーーという訳でもないのが如是閑というタレント、もとい新聞記者の出色であり、彼は籍を大朝に置く間にも、古巣を支援する形で自作を寄稿し続けた。それは矢張り、彼の若さが助けた仕事ぶりであったと思われるが、それが結局、大阪朝日新聞社退職後の再出発に当たり、少なからぬ励みとなったのだから、つくづく感服するより仕方のない精励振りと言えるものである。

 

 ともあれ、あんまりこんな事を書いていると、何だか文章が稍もすればアンチ如是閑の風情も冠してきたので、一応断っておくと、筆者は別にこれを何か非難するつもりで書いたのでもなければ、誰かの偶像を冒涜するつもりで書いたのでもない。

 ただ単純に、この場に相応しい言葉を用いれば「リスペクト」から書いたものである。

 その「リスペクト」が稍もすれば慇懃無礼にもなり、はたまた、ミスリードも誘発するとしたら、そのバランスでもって、果たして読者諸賢には、何卒ご海容頂ければと希ったりする所存。

 

(続)

 

(2021/03/02)

 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1)

 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2) - カオスの弁当

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3) - カオスの弁当

 巷に流布する如是閑グッズを蒐め始めて二年目に突入した。

 見かけたものの入手できなかったものも少なくないが、取り敢えず、入手出来るものは取り敢えず確保して来た。

 今のところ、来歴がいくらかわかるのは掛け軸一本のみで、それ以外は記念品なのかな、くらいしか検討がつかない。

 

 如是閑の直筆には年号が書いていないものが見た限りだが、多い。なので余計に推定し辛いのだが、最晩年の頃になると、「卒寿翁」という肩書きを添書しているものが目立つ。

 とはいえ、やはりそれが誰にどういう場面でどういう意味合いで書かれて贈られたものか分からないのでは、仮に真筆だったとしても資料としては扱いに難がある。

 

 最初に手に入れた如是閑グッズは、九十歳の時の色紙だった。「慎終如始」の四字を揮毫したもので、歳の割にーーというと失礼だがーーしっかりした筆致でバランスも良く配されており、何より特徴のある「如」の字が大きくはっきり確認出来るよいサンプルであると思われる。

 さて、この四字熟語だが、これは如是閑と因縁浅からぬ『老子』の一節である。これを彼が誰かに請われて書いたのか、或いは進んで揮毫したのかーーそういうのこそ、筆者が自分で調べなきゃいけない事柄なのだが、生憎まだ全然調べていない……。

 しかし兎も角、個人的にはこれを如是閑の人生訓と見て間違いないと思ってたりする。

 

 だが、この「慎終如始」は彼の文芸作品には徹底されなかったきらいがある。

 何故に文芸作品“なんか”を持ち出すかといえば、筆者の関心が専らそちらに存するからであって、我田引水以外のなにものでもない。

 如是閑の文芸作品は彼の執筆活動の中で一ジャンルを占めていたが、それにしては現在の扱いは今ひとつ、の観がある。

 それは何より、小説なり戯曲なりが読んでみて実際そこまで面白いものばかりかというと、そうでもない為である。

 

 代表作に数えられる『ふたすじ道』は、少年院にぶち込まれて出てきた元・スリの少年が、堅気になろうとするが、結局、泥棒稼業に身を沈めてしまう顛末を描いた「佳作」である。

 何でこの話が佳作なのかと言えば、物語の始めと終わりがはっきりしているからである。その判明なプロットの上に、必ずしも少年の堕落が彼自身の意気地のなさに因むばかりではない事ーー即ち、彼が心の支えにしていた幼馴染の姐さんが、父親が成した高利貸しへの借金の方に身売り同然に嫁していくのを止めんが為に奉公先の金を盗んだ下りーーが加えられる事によって、ある種の告発や社会批判が成立するという訳である。

 

 『ふたすじ道』は彼の処女作であると同時に、「如是閑」以前のキャリアではあるものの、実質彼の署名と共に初めて一般に流布した文章でもある。

 この時の彼の状態というのは、家計の破綻と病気の為に学業を中断するを余儀なくされ、貧乏暮らしの中で床を離れられない、忸怩たる有様であった。そんな状態であったから、彼自身後年振り返ってその時期に書いたものについては、漫ろ書きだったように嘯いているものの、真実その前後に書かれた文章を合わせ読むと、年相応の焦燥と野心と劣等感と、何より自負心とが表出している。

 ただ、そんな時期の彼の文章の中では、『ふたすじ道』の文章は珍しく「現在でも読みやすい」文章になっている。これには相当、如是閑もとい長谷川“胡戀”が意識してその筆を構えていた事が容易に看取せられるというものだが、彼自身がその後もこの時のように意識して筆を構えるような事を続けて居れば、幾らか彼の文学者・作家としての声望は今日も続いたものであったろうと、筆者には思えて仕方ないのである。

(続く)

(2021/03/02)

機能と実用

 電信柱や鉄塔、鉄道とかそういったものにしばしば言われる「機能美」には、枕詞に「装飾を廃した」とかいうの言葉が置かれる事が間々ある。

 けれども、そこで余計なものとして邪険に扱われている装飾の担う役割を、構造物自体が負っている場合、装飾を殊更蔑めるような事をすると、結果として構造物自体を「下げる」事にもなりはしないかーーそう思われたりする。

 

 勿論、次のような意を組むことも可能である。というか、寧ろ、そうした文脈で言わんとしているのは、こっちだろう。

 即ち、しばしば装飾で以って示されているらしい「美」は、本物の美にあらず、構造物によって体現されている所の「美」が本物の美であるーーという言いである。

 これが頗る鮮明な対立意識の発露である事は敢えて言うまでもない。

 

 しかし、自ずと外野からは、ならばわざわざ「機能美」だなんて呼び方は止して、もっと他の、別の呼び方をすればいいじゃないか、と思われたりもするものである。

 だが、そこでハタと会話が行き詰まる瞬間に出会す事になるのは目に見えていて、それが恐らくは機能美を語る人間達にとっては、一番堪える瞬間のように思われたりする。

 ただ、そこでグッと堪えて、何をか言葉をつくらない事には、それらを称揚しようという人間達にとって、本当に「機能美」を祭り上げる事には繋がらないだろう。

 

 機能美に近い印象をもたらす言葉で「実用」という言葉がある。

 確かにそれは、機能美で言わんとする辺りの持つ一面を、それよりか強調した表現であろうと思われる。だがしかし、これも矢張り言わんとする所を余さず含んでいるか、というと未だ未だである。寧ろ「実用」とかいう言葉は、稍もすると、機能美という言葉で表明していた意識と対立する場合さえある。

 飽くまで、「美」という言葉を用いて残そうとした機能美を、時に実用は装飾に対して不十分な機能美が遇したように排除しようとする。これに対する機能美の立場は曖昧で、実用を自分達の核と見做す朋輩は、実用が自分達自身を切り離しに掛かる事にも無関心であろうとし続ける。

 他方、無関心でいられない勢は、嘗て自分達自身が切り崩そうとした装飾よろしく、これに抵抗してみせたりする。その場合でも、果たして自分達自身の不十分さには無関心の体を成している。

 そうしないではいられない、という事情も分からないではないーーというのも、殊、機能美の置かれた立場というのは、あんまりに酷薄で、どれだけそこから先に論を進めようとしても、為の資材が、余裕がないのである。

 

 ただ、そんな悩みとか苦しみとかいうものは飽くまで言葉にしようとすればこその葛藤である。

 そうしようとしなければ、果たして機能美の立場は明解だ。それは「いい仕事をする」という一事に尽きてしまう。

 山とか海とか、生態系とかは人間には作れないものだと考えられている向きは今でもない事はない。だが、それが(良かれ悪しかれ)出来てしまっている現実は確かに在る。

 電信柱や鉄塔、地中の水道管や地上の道路や鉄道など、そうした人為は言語を俟たず、二十四時間三百六十五日、人間による「いい仕事」を体現し続けている。それも日々、耐えざる保守点検の上に、である。

 

 そうした事を意識したくないのは、ひとえに最初に示した対立意識を、その問題の存在自体をはなから認めない為だとか、邪推したくなるのは、私ーー筆者が、何方かといえば機能美寄りの人間だからに他ならない。

 例えばローマの水道橋が何百年経っても堅牢なのは、現代よりも古代の技術が優れていたからで、故にローマは偉大なのだとか、そういう話は聞く耳を持とうとは正直思わない。

 刹那的、というのは概ね良い意味では用いられないが、思うに機能美は刹那的で一回こっきりである。それは、生きた人間を道具として見た時に最もよく分かる事である。

 その場合、人間は消耗品である。その消耗品が為す仕事というのが美しいのは、決してその道具の価値に因むものではない。どんなものでも生きた人間の所産である事には違いない、が、そこに良し悪しがある。しかも、それを決める秤というのは天与のものではない。

 そして、そんな生ける消耗品達にとっての機能美というものは、そうではないやんごとなき品々には関係のない「美」である。

 土台、生き方が違うのだから、こればかりは仕方がない。

 

 いい仕事は願っても一生の内に、道具のどれもが携われるものではないが、願わくば道具で終わる以上はそういう仕事にあり付ければーーと願う所だろう。

 だが、その念願、発心がそもそも悲惨ではないか、という批判に拠って立つ所から、機能美はそんな道具達が、自分達も人間である事の証し立てとして用意された感がない事もない。

 しかし、どれだけそこで道具達が自分達も人間であると言い張ろうとしても、所詮は自分達が道具であるという証明を先ず打ち立てようとしているに過ぎない事に、或る程度、話を進めた所で道具は気付いてしまうのである。

 そうして、愈々自分達の前提を打ち壊そうとした時に、機能美は、自分達の目標すら破壊してしまう事に気が付いてしまい、それ以上、自身を奮い立たせる事が出来なくなってしまう訳である。

 

 そこで必要なのは、百尺竿頭からなお一歩踏み出す心意気なのだが、これも当然ながら、刹那的な向こう見ずな行為であって、駄目で元々である。だがそれが絶えず普段から必要な、その位に人の世は不安定で、人類の文明というのは脆弱である。それが磐石に思われるのは、普段から膨大な身投げが為されているからだろう。機能美はそうした貢献への尊敬も当然含むのだろうが、それが苦痛の種になるのも一面の真実には違いない。

 

 実用という言葉は、この機能美の有する心苦しさを除去したものではないかと私には思われたりする。ただ、言い方を変えたからと言って、それがなくなった訳ではない。人間の営為に伴う心苦しさから逃れて、自然の内に楽土を見出そうとするのにも、実用と同じ忌避が看て取れるものだ。

 そんな考え方で「無駄」として排除されているものは、他でもない、何某かの感性なり、注意や関心そのものであって、それだから別段、本当には生活を改める必要もなかったりする。

 

 自分が何方かと言えば道具よりだ、という事は先述した通りだが、それだから私の場合には、その苦しみとかから逃れる術として、自分を何かの道具にしてしまう事を選択肢として選んでしまう。そうして、単に積極的に痛みを和らげようとかいう考え方に因むのではなくて、些細で稚拙な仕事ながらも、自分自身の性分というのがそもそも、道具に相応しい事に気が付いた時に覚える安堵を得ようとするのである。

 それを非難するのは簡単である。そして、そんな非難を受けての私の態度も実に曖昧なものである。というのも、結局それは大した仕事も出来ない内だからだが、辛うじて、そもそもそんな痛みを伴うにも拘らず、それにも我慢出来るような仕様になってない人間とかいう道具の仕立てがなってない、という減らず口を叩く事は出来ると思っている。

 それは私の「人間」に対する理解のお粗末さの証左でもあるから、勿論、そんな場面に出会さない事が何よりだが、何か普段から電信柱や鉄塔の話を事ある毎にしていると、いつかそういう衝突があるかも分からないのが実情とに思われる。

 だが、そんな衝突の一つも生じないような事態も私は望んではいない。

 自分の広めている話がそうした衝突に至るであろう事が自ずと目に見えている場合、係争は覚悟の上で行わなければまずい仕事であろう。

 決してそれを欲している訳ではない。ただ、その目論見が外れた場合は、自分がミスリードしていたという事になるから……ミスリードであって欲しくない、という願望があるのも否み難い。

 

 そして、今ひとつ本音を記すと、自分は機能美が「役立つから美しい」というような事を言っているような風にはなって欲しくない。役立っているとかいないとかいうのは、概ね感想に過ぎず、それを判定するのは恐ろしく難しいのだ。

 だったら、潔く快不快で切った方が判明でいいと思われる。役に立つ、立たないというのが姑息なのは、それが一見して何か快不快という見地から離れた指標に見せ掛ける言いだからである。そんな方便を使用してまで、どんな守るべき体面があるのか、とは果報者の自分の見である。

 「だから何?」で一蹴されてしまうような、浮薄な何某かに依拠するのは自分も同じである。ただ、その掴んでいる拠所とするものが違うのであって、それがお互い知り合わず、打つかり合いもせず、お終いまで関わり合いがなければ、一顧だにせずとも済むものであろうが、そうもいかないのが、ご時世であり、浮世である。

 更に、自分からわざわざ口論の火蓋を切っているのだから、全く知らぬフリで管を巻く事は無理である。そこで尚更、火の粉を避けようとして動こうとすれば、その仕事は中途半端に終わるように思われる。

 

 所で、結局、私が此処で記したような機能美云々の話は所詮私丈の話題であり関心なのかも知れないが、だとしてもその道具を自分で用意して何か作る事はやめられず、それは私自身にとり楽しい事である。そうしている間、自分は自分を道具として上手く働かしている実感を得る。そうして得られるのは心身の健康であり、これは私自身の生存に不可欠である事は言うまでも無い。

 消極的で裏寂しい、心苦しさを紛らわす為ではなく、私は積極的に健康的であろうと欲する。

 機能美は果たして、健康とも密接に結び付いている。それ故に気付き難いのであるが、自身の生存と密接に結び付いている事が、これの特徴のように考えるものである。

 普遍的では無いにせよ、自分にはこれより他の生活に関心を持つような事は難しいし、強いてそうする必要を感じる事も今の所は無い。個人的な背景がそっくり迫り出したものだと断言出来る。それを凹ませるのが何か作法だとしたら、いずれそうする必要が出て来たらするまでの事で、今の所はこのままで過ごそうと思う。

 それが吉と出るか凶と出るかは、それこそ分からないものだが、少なくともそれで駄目だったら、はなから無理な相談事だったのだと知れる迄の事である。

 

(2021/02/27)

寓話作家の虚構性

 アイソポス作の寓話の実在は確かではないものの、寓話の作家・語り手としての彼の実在は二千数百余年の間、長らく信じられて来たものである。

 彼の名前が冠せられた寓話の中でも取り分け、有名な物語に『羊飼の悪戯』、通称「狼少年」という物語が挙げられる。

 そこで出て来る少年は、度々「狼が来る」と嘘を告げて回っては、周囲の人間を驚かして愉快に浸り、終には全く信を失った。そして、真実狼が現れた時には誰からも真面目に相手にされず、狼に襲われて惨死を遂げた。

 狼に食い散らかされた屍というのは、大方直ぐには誰と判別出来るようなものではないだろうが、アイソポスの痕跡も又、そんな嘘つき少年と同じ末路を辿ったものである。

 それも彼が仕切りに饒舌を奮った為であろうが、果たしてアイソポスと少年の違いは、彼が人々が面白がって聞きたがるような話を吹聴して回っていたであろうに対して、少年は誰もが全く耳にしたくもないような事を捏ち上げて喧伝し、混乱を煽動した点に終極していると言えるだろう。

 

 その代償として、少年は聴くも無惨な死を与えられ、物語の中の登場人物として明らかに、その存在を揺るぎないものとした。そして、その悪事を営々今日まで語り継がれている者である。他方、アイソポスの存在は賞賛と名声と共に数十億数千億の人口に膾炙され、人類史上稀に見る境地に達した殆ど唯一の作家となったが、その生涯に関しては悪行の一つも言い伝えられるような事なき存在となった。

 アイソポスと少年を比べれば、最早何処にでもいて、何処にもいないようなアイソポスの存在は恰も神の如くである。だが然し、見方によって、アイソポスも嘘つき少年も共に無名の哀れな存在として扱われているに過ぎぬものとして言い包める事も出来るであろう。

 

 所で、そんなアイソポスに代表される寓話作家の虚構性は、その作家としての筋の良さを表す指標であると受け止められるべきものである。と同時に、その肝心の言いを、時宜に時節に符牒した事共を伝えられなかった筋の悪さとしても受け止められるべきものである。

 作家が寓話を述べるのに、その時々の出来事についての洞察やら諫言を述べる事を目論んで創作したかも知れない事は、今日、彼の他、有象無象の作家達の残した無尽蔵の著述から察せられるものである。そうしたそれぞれの時代のかんばせを形容していたかも知れない事共は、しかしながら、紆余曲折を経て目鼻をすっかり失ってしまった。その数も果たして膨大な数に及ぶ。

 そんな、今ではしゃれこうべになってしまったような物語を有り難がって、肉付けしてかつての面目を復元したりするような作業も面白おかしいものであるが、そもそもこうした血肉の腐敗の原因になるような事は何であったかと思いを巡らせるにつけて、作家が凝らした工夫が災いしたーーという結論に達せずにはいられないものである。

 

 何よりも、寓話に生きた血肉として付与された「こそばゆさ」こそ、寓話の腐敗第一の原因として挙げられるものである。

 面目を形作っていた素材は、平生、何か深刻な物事とかに頭を煩わせるのを得手としない聴衆の耳目を集中させんが為に用いられた技芸であったのだろうが、それが果たして仇となったとは考えずにはいられないーーという訳である。

 

 これは世の作家が屡々、腕に縒りをかけて優れば優る程に到りがちな過ちであると言えるだろう。

 何事か言い得たかのように書き上げたとしても、それは所詮、何処までも譬えに過ぎず、真実相を示し得た訳ではない。しかし、観客はそうとは先ず思わないもので、はやとちりをしてしまうのであるが、これは全く人間の性である。何せそんなに悠長に生きられる程、人間の生は安泰でもないし、長大でもないのだ。

 そんなそそっかしい生き物に対しては、先ずそれが誰かの創作した物語であり、自ずからそこには作家の偏見なり穿った見識というのが潜んでいるのだーーという警告を示しておく必要がある。勿論、騙くらかして骨の髄までしゃぶり尽くして食い物にしようと企んでいる場合には、そんな文言は必要ないのであるが、即ち、「信じようと、信じまいと……」という口上や、作者の氏名、作品・書物の制作・発行年月日、発行者名・版元などなど、本の奥付に書いてあるような事柄が、作家の如何ともし難い過ちを補完する「おまじない」なるのである。

 だとしても、そこまできちんと目を通すような読者なり視聴者というのは決して多いとは言い得ないのが実際の所である。

 ただ言葉として「物語」を知っていたとしても、それがどんな風で、どんな事柄を指すのかーーという事までを知らずに一生を過ごす、という人間の数も又、過少とは言えないものである。

 そんな人間は大抵、激情に任せて上演中の舞台に踊り上がったとしても、自分がそこから無碍に排除された理由を最後まで分からずに、遣り場のない悲憤に駆られて余生を過ごす事になるのである。

 更に、当の本人からしてみれば、それが一そ芝居の最中に舞台の上に闖入してしまったものであるからだった、と認めてしまえば楽になるものだろう、と察しが付いていたとしても、諾々として自分からは認められようものではないのである。

 そして、それは人生の殆どをスクリーンか、或いはモニターを前にして終えてしまったというような事を、それによって追認しなければならないような状況に既にして陥ってしまっているよう者であるならば、尚更、困難な一事であるだろう。

 

 さて、この様な愁嘆場に到ってしまった人間は、せめても自分にとって都合のいい物語を何とかして残りの人生をかけて良い塩梅に創り上げようとするが、殊更物語を作る研鑽をそれまで積んで来た訳ではない者達にとって、何か自分と同じ名前の人物を主人公に仕立てた物語を描こうとする試みが、そう上手く運ぶ筈もなく、結果として、より多くの資源を無駄にして困窮する羽目となる。そして、更に深刻な後悔と苦痛を被りながら、とぼとぼと力なく先の短い隘路を肩を窄めて歩くより致し方なくなるものである。

 

 不世出の寓話作家ですら果たして、本意か本意ならざるか、自らの創作物により生涯を食われてしまったものであった。

 仮にアイソポスが世にいう真理、真実と呼ばれる何事かを語らんとした者だったとして、正しくそれらは彼自身をして世を欺きせしめた挙句に、世人をして彼自身を真理の代名詞として残らず食らい尽くせしめ、後世に余塵も残さぬよう仕向けたものであった。そして、彼の語る所を挙って求めた消費者も又、同様に自身の名前を残す事なく塵に還ったものであった。

 

 自らの生涯や思念について何をか言わん、言葉を費やさんとした時には最早その弁舌が全く用を果たさなくなってしまっているのは、何も作家許りの運命ではない。

 それは普段から自らの駆使する言葉というものを買い被り過ぎる嫌いのある人間の、未だ幼きに因むものであると思われるものである。何か今現在達している段階の言葉という道具を用いて、その道具で輪郭をなぞった真理を捉えられると自身を頼んで疑わぬ姿勢ーーそれこそが、アイソポスに代表される顛末を招来するであろうものである。

 そうして、人間が、自らが全く言葉というものを使い熟しているものだと思い込んでいる内は、こうした出来事は数万年、数十万年、数百万年の間繰り返され、そして数千万年か経た後に、漸くその後裔が辛うじて生き残っていて、この「言語」とかいう機能を何とか使い熟せるようになった頃には、アイソポスの寓話も、現生人類の痕跡も、僅かに地層の数ミリメートルに名残を留める許りとなっている事だろう。

 

 それを幸と捉えるか不幸と捉えるかは、人それぞれの立場に依るだろう。

 だが、概ねこの様な事柄は全く一個の、健康な人間の生涯には無縁な話であると筆者には熟思われる次第である。

 

(2021/01/24)