カオスの弁当

中山研究所blog

一から三まで:アニメに出てくる電柱とか電線のある風景について四の五の書く準備として

 『これがパノラマだ』というタイトルの映画を『三丁目の夕日』だかの傍注で知った記憶があるのだが、試しにGoogleで検索してみてもそれらしい情報は引っ掛からなかった。

 内容は不詳だが、それは当時(昭和三十年代前後)に何処かの映画館に導入されたパノラマスクリーンで上映された宣伝映画だったようである。

 「これがパノラマだ」というタイトルは、「これが〇〇だ」という当時の宣伝の一典型に乗じたものである。時代は下るが、昭和四四年のアポロ宇宙船の月面着陸の際に撮られた写真を纏めたグラフ冊子のタイトルは『これが月だ』というものである。

 

 「これがパノラマだ」よりも、「これが月だ」という文言の方がインパクトあるように感じられるのは、パノラマよりも月の方がより詳しく自身が知っているような気になっているからであろう。

 だが、その月の知識、文字通りの意味でイメージは正しくそうしたアポロ宇宙船の月面着陸以降に蓄積されたのを摂取して自分が内部で醸成したものに他ならない。

 「これが月だ」と銘打たれた当時の、既知の情報としれの「月」の方が今や私に取っては興味深いものである。それこそ、物の本で紹介されるような二十世紀前の日本人の認識ーー天上にポッカリ開いた異界へと続く光の「穴」、ゲートとか呼べそうな認識ーーは、とても今の自分には探しても見つけられない「景色」である。

 

 『これがパノラマだ』という作品が公開された当時、パノラマという語自体は戦前から一応は既に世にあった訳で、それ自体を見た事がなくても、世の中にそういうものが如何やらあるらしいーーというような事は少なからぬ数の人々が知っていたものであろう。

 「これがパノラマだ」とは、「これがパノラマスクリーンで見る映画というものだ」と作品自体が自己言及しているーーそんな作品であるが、何よりこれも、「これが月だ」というように、既にある観客のうちにあるイメージを破壊する効果を期待して付けられたタイトルであろう。

 最近でも、これに近いタイトルの作品としては『お前はまだグンマを知らない』とうものがある。これは色々な事情に配慮した為か知らないが、実在する「群馬」(県)ではなく「グンマ」という未だ外界から閉ざされた異界の土地についての報告の体裁が採られている。

 

 「お前はまだ〇〇を知らない」の短縮形が「これが〇〇だ」である事は敢えていうまでもない。

 出版元や興行主は、読者や観客の倦怠感を破壊する事で彼等に愉悦感を与えて、そのお代を頂戴しようと画策するものである。其処においては、必ずしもその伝える内容が事実である必要はない。「六尺のおおいたち」のような錯覚でも良い訳である。

 これは名前の字面と実物の乖離があって初めて起こる破壊を提供する大道具である。それを駄洒落の標本、模型とでも呼ぶ事は出来そうだが、蓋しパノラマ映画の場合にもそれは当て嵌まりそうなものである。

 況やパノラマ映画とは錯覚の模型である。パノラマという装置自体が遠近法的錯覚を利用したジオラマの一つであるから、それを映画でもって再現した、或いは光学的にそうしたジオラマを作り上げたとも言える。

 詰まりは『これがパノラマだ』は観客は光学的に再現されたジオラマの景色を、映画として愉しむ事が出来るトリックだった訳である。

 

 今日、「本物の」パノラマを見たければ、全国各地の博物館に行く事をお勧めする。そこには未だ運が良ければ、湾曲した壁面とそれに這うように描かれた歪な絵が来館者を待ち構えているものだろう。

 然し、この相当に計算された見世物は、なかなかに大勢の人間がいっぺんに楽しめる装置にはなり得ておらず、それはどうしても或る一点から見た時に最も効果を発揮するように作られているものである。

 これに比べて、古美術コーナーに展示されているような屏風絵や木版画、浮世絵などは複数人で見る鑑賞物としては随分よく出来ているもので、それらは試す眇めつ角度を変えながら、鑑賞者が作品との位置関係を絶えず動かす事によって、静止画では生じる事のない奥行きがアニメーションの如く体験として鑑賞者の内に生成される工夫が施されている。

 

 その工夫は、蓋し箱庭的な工作のそれに通ずる技術であり、箱庭と同様にそれが持ち主だけではなく、持ち主が他の人間にも見せびらかす事を前提に拵えられた事を物語る工夫と言えるものである。

 当然、浮世絵は誰かが独り占めにして時々に楽しむ一点ものでは無いし、屏風にしてもそうである。他方、パノラマも入れ替わり立ち替わり、多くの客がその前を絶えず流動する事を前提とした設備である事を踏まえるならば、その構造上の欠陥はさして展示する上での問題とはならない。

 

 一人、持ち主が作品をじっくり鑑賞あるようなプライベートな環境が、二十世紀以前にあったかどうかーーという事を先ずは念頭に置かなければ、この様な意見も如何にも無理があるように思われるだろう。

 今世紀に於いては、果たして複数人が同時に作品を所有してそれをじっくり鑑賞出来るような設備が極々世間の末端まで浸透したものである。その上で、その設備を用いて鑑賞する為の、昔ならスライドやフィルム、テープと呼ばれたようなものが廉価で提供されているものである。

 そんな状況下で、嘗てのパノラマスクリーンで上映され、提供されたような仮想の景色というものが、そっくりスマホなりタブレットなりの画面で得られるかーーというと、それは中々難しい事であろう。

 

 というのも、そもそもからして別に、今次の作品は別段「これが〇〇だ」というような既知の破壊を念頭に置いている訳ではないからである。

 然し、何故にそういう変化に至ったのかと考えると、それは結局の所、凡ゆる情報が人の作り出したものであり、それが即ち財産であると考えられるようになった為であると考えられるものである。「群馬」を「グンマ」と表記されるに至った理由も蓋し、そこにあろうものである。

 実際、既にあるものを破壊するのは容易である。然し、この破壊したものを元に戻す術や、代わりに齎したある事ない事綯い交ぜの情報というものを処分する方法を大して用意せずに、只管破壊し続けて来た弊害というものが、漸く最近になって問題として捉えられるようになったーーというのが、今二十一世紀初頭における現在ではないかと筆者は勝手に想像している。

 先述の「月」の件ではないが、いわば無用意にアポロ宇宙船の写真を流布させる事によって破壊してしまった、昔々の「月」の景色は今更得られないものである。

 

 景観とか環境とかいうものを殊更大事にしようという意見自体は、別に二十世紀になって出て来たものではないのだが、それらから得られる心象風景みたいなものを利益として認めてこれを保護しようとする向きが今次の情勢としては結構あるという風に思われるものである。

 「ふるさと」とかいう言葉が用いられる文脈や、「腰巻建築」が批判される文脈というのも、この心象風景を大事とする傾向に並ぶもので恐らくはあるであろう。それはもう、人間の思い入れとか情念とか執着という風に表現される所の何某かと関わり深い類の話になるであろうが、如何せん、こうした話題をきちんと整理して、何よりムキにならずに話をするのは些か準備のいる事だろう。

 

 然し、人間の持っている思い入れとか景色とかいうのは経年変化するものであるのだから、そもそも「破壊」とか殊更に何か問題があったかのように記すのは筋違いであるーーとも筆者自身思わない事ではない。が、そうであったとしても、現今、そんな景色や風土、風評といった定まらないものに何かは配慮しようとかいう向きがある以上は、そんな「見当違いだ」と退けて外方を向くような態度というのは通せないのではないか、と思う次第な訳である。

 

 二十世紀末頃から描かれるようになった景色というもので、電線や電柱、鉄塔といった、専ら電力供給の設備として描かれるものがあるが、これにしたって遡ると十九世紀末以来、本邦では数々の変遷があった訳で、現在もその過渡にある。で、そんな変遷が最も分かりやすく現れている領域の一にあるのが、今日ではアニメーション作品がある訳だ。

 専らそれらは背景として描き込まれる訳であるが、取り敢えず、それに際しては先ず、作品の中で如何いう意味があるとか、そういう事を考えるより前に此処までで軽く触れて来たような、微妙な、然し今後に大きな影響を齎すであろう現在の情勢を踏まえた上で何か観たり書いたりする必要があると思われる。

 

 そして、何よりそういう心構えでいる事は、人間の見ている景色というものが、存外脆いものであるという一事を強く意識する事に他ならないと思う次第である。

 その脆弱さというのは、総じて電柱や鉄塔といった構造物の性質に因むのではなく、人間の作り出した世界と、人間そのものの弱さ、頼りなさに因むものである。

 だからといって、筆者は個人的見解として、人間を取るに足らないものだと諦観や失望するのでもなく、又、反対に過大な期待を寄せるような何か勇ましい事を(例えば「希望を持て」とか云々)考えるのでもなしに、そんな取るに足らない儚いナヨナヨしたものたちでも、精々頑張ってこの地上にへばりついて生きている事を素直に興味深く観察の対象にして愉快を得られるように観察者は自身を仕向ける方が良いという風に考える。

 それが恐らくは、観察者の健康にも良いもののように思われるからであり、何より折角、今あるリソースを無駄にしない最善ではないにせよ、最良の方策だと考えるものであるからだ。

 自分が飲んでいるコーヒーやチョコレートが不当な搾取の産物であるかも知れない事や、ネットで何かを注文して自宅まで配達させる事の業の深さやらを意識する事と、電柱や電線のある景色について考える事は、根本的に同一の煩悶を齎すものである。そしてそれは、出されたものを食わないーーというようなハンガーストライキで解消するものでもないのであるならば、霞を食って生きる仙人でもない以上は、清濁合わせ飲むより仕方なかろう。

 

 結論というか、これが自身の論の出発点ともいうべきスタンスであり、果たしてそんな俗塵に塗れた心境に基づいて、あれこれ書いていく上では、例えどんなにか方法論に従って書こうとしても、その意に如何しても沿わない、或いは如何にかしても自身がその型を踏襲出来ないという事が予想される。

 そういう場合には、此の“趣旨表明”を読めば明らかだーーというようなものを、自分自身何か書くにあたっては最初に提示する必要があると思って一稿を草した次第である。

 

 そして、結論でも恐らくは書く事になるかも知れないが、自身のスタンスは飽くまでも冷笑や皮肉ではなく、賞賛と感嘆である。その事は先ず最初に明言しておきたいものである。

 それはもう、そういう風に自己の弱さを空想で補って、先の知れない将来に向かって繁茂していく生物としてのヒトの生態に対して、畏敬の念を抱かずにはいられない一個の人間の素直な感想として、寛恕頂きたい所である。

 

 「お前は一体何様なんだ」とはもうずっと言われ続けて来た文句の一である。

 然し、それに何か気の利いた答えを考えて何様如何様になるより、自身としては、空に架かる大鋼線を指差して、こう叫ぶ方がずっと気分が良くなる。

 

 「これが人間だ」

 

 

 ーー取り敢えず、ここませ書いておけば後はいつからでも書き出せそうだと安堵している。

 こういう文章は全て仕事を終えた後にひっそり寄せるのが行儀が良いものであるが、自分としては、先ず何より先に言わんとしたい事をひた隠しにして書く事が如何にも自他に対して不誠実に思われて、仕方なしに言明したものである。

 であったとしても、こういうものは別に公にする必要はないかも知れないと思われる。ただ一方で、こういう事を言外の主張として仄めかしながら暗黙の了解を求めて文章を書いていく事には甚だ、私自身が作業に当たるに際して受け入れ難く感じられたので、無い恥を忍んで此処にアップした次第である。

 ただ、実際の所、自身の企てが無事、実現する保証もない段階においては、その趣意書を事前にアップしておく事は、もしかしたら後々何か「保険」になるかも知れないと思っている。

 何にせよ、これは特別意味のない文章である。然し、そんな文書を投げる所として、個人のブログというのは適切な場所に思われる。

 

 

 

(2021/03/05)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1) - カオスの弁当 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2) - カオスの弁当

 

 

 さて、本稿の主旨としては、前回・前々回と続けて来て、ここで纏めて示そうというのは、彼・如是閑の小説作法というのが今少し、当初の如く、読み物として、娯楽作品として練り上げられる事があれば、今日彼の名前も幾分か今よりも知られて良さそうなものであったーーというものである。

 彼自身はその後、新聞記者として「批判」をその活動の主に据えて行ったものであるが、この「批判」というのはその文章の形式にも及ぶもので、今時考えられるような題材選びや内容に盛り込まれるようなものとしての批判に止まらなかった。

 

 如是閑が「批判」の為に用いた手法は寓話であった。『真実はかく佯(いつわ)る』はその集大成ともいうべき一冊であるが、このタイトルの読解は筆者の考えでは次の通りだ。

 即ち、寓話とは何がしか真実の一端が具体的に現れた例え話であるが、そんな例え話、事例で以ってのみこの世に現れる真実という奴は、自身を佯って人間を欺くものであるーーという所であろう。

 

 『真実は〜』以降の彼は、日本文化や伝統、「常識」についての積極的な発言を展開するようになる。その対象が果たして彼にとって、真実であったのか、或いは寓意を孕んだ対象であったのかについては、読者の立場によって分かれるところであろう。

 筆者は飽くまで、如是閑はそうした題材を実例として扱い、『真実は〜』で示そうとした一事をより明らかにしようと試みていたものと踏んでいる。

 然し、厄介な事には、彼の筆は屡々寓話と真実とを等価に扱おうとするのである。これは彼自身の思い入れと、新聞記者・著述家としての社会的・職業的立場がそうさせたものであろう。そして、この「二重性」が、彼自体を一つの寓話的存在にせしめている。詰まり、何か世の中の真理なりを知ってそれを世間に広めようとしているかのような、預言者的存在である。それが、本当の所、如何いう思惑でそんな事をしているのかは、如何とも余人/世人には中々測りかねるものであり、故にそうした人物の扱いは余程可愛がられるか、白眼視される。

 

 それが彼の世間に対してより自己をよく見せようとする宣伝活動であった、と見てほぼ間違いないだろう。そうする事で彼は謂わば自分の言論界の地位を守って来た訳である。それは自身の食い扶持と直結していた訳であり、何より彼の書く文章よりも、語った言葉よりも雄弁にその思想を体現していたものという風に筆者は考える次第である。

 極端にいえば、彼の評価に結びついているものは彼の言葉の内容ではなしに、その語っている事、書いているという事が持て囃されたのであるーーと考えるものである。それが彼の二つ名である「叛骨のジャーナリスト」の真髄であり、彼の今日的評価の限界を示すものであるように思えてならない。

 その価値は、そっくり新聞紙に準える事も出来るだろう。或いは今日のブログやSNS(これもブログの一種だが)の価値にも等しいやも知れない。ただ、あんまり此処で比喩を用いるのは話を余計にややこしくする事になるので控えようと思う。

 

 況や、彼に限らず、寓話作家はアマチュア、「素人」なのだ。素人であるが故に放言も可である、が、その言葉は何処までも軽んじられ、重きをなす事はない。ただ、軽薄故に手取り早く人口に膾炙して、親しまれる。

 その効用に注目して、何かこれを用いて世間を改造しようとか試みた者たちの中に如是閑は自身の拠を見出したのであった。そして彼自身も、そんな直ぐ火がついて燃えるような文章を好んでいた、血気盛んな読者の一人であった事はよく知られた話である。

 

 ただ、私(筆者)は、彼自身の内にはその埋み火を業火にするだけの何がしか燃料が如何程もなかったように思えてならないのである。

 それが果たして彼を不得手の通俗的娯楽小説から、一見高尚である新聞のコラムや寓話の方へ向かわせしめたように思えて仕方ないものなのである。自身の内面を探索して小説を書く事を彼は大所高所から自身の仕事ではない云々と見切りをつけてしまったようだが、それが本当に妥当であったかは、それこそもう本人の納得の問題であり、同じく「素人」ながら、故に素人考えで、彼がもう少し自身の内奥を掘削するような事をしたならば、どんな鬼が出たか、蛇が出たか、と想像せずにはいられないのである。

 

 何か物語とかを作るに当たっての、ガソリンもとい燃料というのは有り体に言えば悲喜交々の事であって、も少しカッコよくいうならパトスである。

 そのパトスを彼は若い内から早々に自制する方向に手綱を持って行ってしまい、それでもって物凄い勢いで自分のキャリアを邁進して行ったのである。見方によっては、そのエネルギーを新聞記者になる方へ費やした、とも受け止められる。

 実際、如是閑自身も新聞記者になろうか、小説家になろうか随分悩んだと述懐しているものである。詰まり、極端だが、偉大な新聞記者と卑小な小説家の元は同じと言えるのである。

 彼はその内、一方の結末としての悲惨な破局を延々回避しようとして逆走を続けた結果、大往生を遂げたのであった。

 

 ただ、彼がそうまでして逃れ続けていたパトスの向かう先に何が控えていたのかは興味が尽きない一事である。その洪水の彼方に見えるものの片鱗は、残された文芸作品に幾つか見て取れるものであるが、それを取りに行くよりかも、如是閑は現実的な生を選んだ訳である。

 そうした選択は屡々、現実にその人が生きている間は賢明なものとして評価されるものであろう。が、その死後、後世になるとこの評価は一転する事がある。それは傍が他人の人生に口を挟むような事であり、それこそ控えられるべき事であろう。

 だが、それでも嘴を挟む余地があるとしたら、それは故人が作家として小説を書いていた所にあると筆者は自身に都合よく考えるものである。

 それが何かしらの実験であり、探究であった事を作家自身が認めて、自身のキャリアとしても数えている。そこに後世の人間は楔を打ち込む事は許されているのである。何も秘密の原稿を暴き出して揶揄しているのではない。

 

 タイトルに掲げた「始メノ如ク終ワリヲ慎メバ」という『老子』の一節、「即チ事ヲ敗ルコト無シ」という句で締め括られる。

 これを素直に彼の人生に当て嵌めて読むと、後半部を切って四文字を揮毫したのは、秀逸というより他にない。当然読み手のそれは勝手なのであるが、素直に『老子』の引用として受け取るならば、それは与えられた人間、即ち読者への「命令」である。又、これを彼自身の心境を書いたものと受け止めるならば、流石は大家であるだけに剛毅であるーーとこれまた読む事も出来る。

 然し、更に此処で一癖捻りを加えて読むならば、それは「留保」として読めるものであろう。

 始メノ如ク終ワリヲ慎メバ……、その後に続くのは確かに成功を約束する力強い言葉なのである。が、そこから先は示さずに老翁は色紙を遺したものなのであった。

 そんな彼の態度を同時代の人間が「批判」しなかった事もなかったが、その批判自体も彼と合わせて忘れ去られてしまった。如是閑が新聞記者として名馬であった事は記録されている所だが、それが小説家としては迷馬であった事も同じく留められるべきだろうという事は、くどいようだが最後に此処に申し述べたい所である。

 

(終)

(2021/03/04)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2)

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1) - カオスの弁当

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3) - カオスの弁当

(承前)

 所でだが、如是閑と言えば何という肩書きが相応しいものであろうか?

 最も妥当なものは、新聞記者だろう。だが、今日では「ジャーナリスト」とか「思想家」、「知識人」というものまで散見される。寧ろ、新聞記者とだけ書いているものは少ないように見受けられる。

 ここで少し、そんな彼の肩書きから「知識人」について考えてみる。

 色々な意味はあるだろうが、筆者が思うにこれは「パトロンを持っている、そのパトロンから賢い人間だと評価されている人間」で、尚且つ、その生活の面倒を「間接的に」(ここ重要)支援されている人間を呼称するものであるとするのが妥当なところであろう。

 世間に数多ある「人気者」の種類の中で「頭が良さそうなキャラ」で売っているタレントーーそれが「知識人」である。実際に知恵者であるかは別問題である。具体的には、何かその人が講演会を開くなり雑誌を自分で作ろうとした時に、その雑誌を後押ししてくれる資産家のマダムが居るとか、名望家のサークルが控えているとか、そんなところである。

 数多のファンに支えられている、という訳でもないのが、付け加えて言うなら、今一つの「知識人」の条件だろう。

 

 勿論、そんな乱暴なことを言ったら袋叩きに合いそうなものだ。が、しかし、何はともあれ、袋叩きみたいなヤクザな事はしていい道理は何処にもない。言うまでもない事だが、念の為、である。

 さて、そんな手前味噌の意味に照らせば、彼如是閑は紛う事なき「知識人」である。

 ただ、ここに果たして、所謂世間的な如是閑像の多層性が明らかになるのだが、所謂「知識人」としての如是閑は、実際の所はごく狭い世間で活動していた食客未満の存在である、と同時に、職業的にはフリーとは言いながらも新聞記者であり、コラムニストであった。大手新聞や雑誌を通じて、多くの読者が見るのは飽くまでそういうチャンネル、媒体を通じて彼が演じてみせた世間体である。片や、如是閑個人が主体となって発行していた雑誌を通じて提供していた如是閑像は、明らかにそれとは区別して考えられるべきものであろう。

 

 「論客」「論壇」なんて事を言えばあたかも聞こえは良さげだが、所詮は観覧席に座る客に買われて席に座る品である。本当に請い願われて、三顧の礼でそこにいるーーというような品であるかといえば、果たして如是閑も如何だったか、甚だ怪しいものである。

 何せ彼は博士でもなければ、官僚でもない。実業家でもなければ政治家でもない上に、学歴でいえば当時の専門学校の卒である。しかも実家は破産したーーと来るから、「羽織りヤクザ」と呼ばれた新聞記者には相応しい品である。

 ただ、そんな彼のキャリアを後押ししたのは、彼より先に家計の現実と折り合いをつけて、早くから新聞記者として頭角を顕していた兄・笑月の存在であった。この笑月の存在を抜きにして、後の「叛骨のジャーナリスト」長谷川如是閑はあったものではないのだが、話がどんどん散漫になるから此処ら辺でやめにしておく。

 とはいえ、東京と大阪、両朝日新聞の社会部長の席がこの兄弟によって占められていた事実をなまじっか蔑ろにして、「知識人」如是閑のキャラクターを論じるのは手心加えすぎの感が無きにしも非ずだろう。

 

 

 話をそろそろ前回に引き続く形に軌道修正する。

 如是閑もとい胡戀のデビュー作は、懸賞金付きのコンテストで入選したものだったが、結局その賞金が作家の元に支払われなかったのは有名な話である。

 小石川の荒屋で病気療養中だった後の如是閑青年が、この間、ほぼ唯一外出らしい事をしたのは、そのコンテスト主宰者に直接賞金を取りに行った時だけだったーーとわざわざ半世紀以上経った後の自叙伝にも書くくらいだから、余程何か記憶が残らずにはいられない事だったのだろう。

 現実的には家計の窮乏と病気によって現在の生命すら危うい状態にあって、辛うじて生き長らえたとしても自身の立身出世どころか将来のキャリアも消えたも同然な条件の下で、何とか書き上げ、辛くも手に入れた小説の賞金が不意になったとなれば、中々に根に持って然るべき事項だと傍目には思われる。

 本人は晩年、雑誌の連載の中で当時を振り返り「いや、あの当時は家族揃って楽天的で、自分もそうだった」云々、吹かしているが、これを言葉通り受け取るのは、精々がその自叙伝が連載されていた雑誌の読者程度であろう。そういう飄々とした、如何にも老獪な人格が求められた雑誌媒体であった事を抜きにして、いかんせん読めないのが如是閑の記事であり、著作なのである。(無論、これは凡その著述家の著作に言える事だろうが)

 

  差し詰め「新聞タレント」として大成した如是閑であるが、彼が新聞タレントもとい新聞記者を志向して、所謂小説家を志向しなかったのは不思議と言えば不思議である。

 とはいえ、彼が新聞『日本』並びに『日本及日本人』を経て大阪朝日新聞社に入社した時点で、既に彼の小説家としてのキャリアは確立していたのであるから、大したものである。

 確かに『ふたすじ道』のような作品はその後暫く書かなかったが、それは彼の在籍していた新聞のカラーに削ぐわないものだったからだろう。なまじ小説などの娯楽も売りにしていたような朝日・読売に代表される小新聞に駆逐された大新聞の筆頭が『日本』とかだったりした訳である。

 如是閑はそんな「旧世代」の新聞の若手記者であって、その意味で「三面」社会面を任されたのは多分に経営的判断にも基づくものだったと見て良いものだろうが、そんな中で今現在でも矢鱈とツイッターBotによって流布されてるような『如是閑語』が生まれ、初期短編小説の『日本』『日本及日本人』に初出を持つような作品がこの時期執筆された。

 その小説群を俯瞰すると、『ふたすじ道』のような安直さは形を潜め、何やら慎重迂遠な物言いが目立つ作風となっている。ただ、これが少なからずコアな読者にウケたらしいのは、後の彼の「仕事」にも影響してくるものであり、それが今日的にはちっとも物語的には面白いとは思えないような作品がであっても、等閑には出来ない理由である。

 

 『日本及日本人』での仕事が結局、立ち行かなくなった後、兄・笑月の裏付けもあって入社した大阪朝日新聞でのデビューはすっかり鳴り物入りの興行となった。

 勿論、それが小新聞得意の誇大広告であったにせよ、それをするからには大朝から見ても、如是閑は少なからぬ実績を残したものと評価されていた事が此処から分かるのである。

 そして、その期待に応える形で如是閑もその「作風」を確立していく訳であるが、勢い付いた大阪朝日新聞は、往年のテレビ局よろしく、大型新人である新聞記者、もといタレントを方々に派遣して紀行文を書かせたりした。

 それが本人の意向にも合致していたので、後年、一世紀近く経った現在から振り返ると、その高邁な理想の威光に隠れてしまって、そうした興行的な新聞社の目論見が見え辛くなってしまうのだ。

 如是閑紀行文の白眉たる『倫敦』は、取材中現地での思わぬアクシデント(現地で開催されていた日英博覧会の取材をしようとしていた所で、当時の英国王・エドワード7世崩御(1910年5月)、急遽その国葬やら取材にも奔走する事になる)の取材も相俟って、旅費など予算をだいぶオーバーしたものの、世間の評判を買い、結果的には如是閑自身の新聞記者としての声望を不動のものにする連載となった。

 即ち、著述家、ライターとしての仕事の仕方を如是閑は大阪朝日新聞時代に習得したものと筆者は考える次第である。

 

 そんな如是閑だが、『ふたすじ道』以降に再び、比較的判明な小説を書くようになるのは、雑誌『我等』を自分で刊行するようになってからである。

 これが意味するのは、果たして今までとは違った読者を相手に、違うキャラクターで自分を世間に売り出して行こうとする、職業人としての如是閑の思惑である。

 

 なまじ、小説家ではなしに、新聞記者としての才能があったものだから、筆を奮わなかったーーという訳でもないのが如是閑というタレント、もとい新聞記者の出色であり、彼は籍を大朝に置く間にも、古巣を支援する形で自作を寄稿し続けた。それは矢張り、彼の若さが助けた仕事ぶりであったと思われるが、それが結局、大阪朝日新聞社退職後の再出発に当たり、少なからぬ励みとなったのだから、つくづく感服するより仕方のない精励振りと言えるものである。

 

 ともあれ、あんまりこんな事を書いていると、何だか文章が稍もすればアンチ如是閑の風情も冠してきたので、一応断っておくと、筆者は別にこれを何か非難するつもりで書いたのでもなければ、誰かの偶像を冒涜するつもりで書いたのでもない。

 ただ単純に、この場に相応しい言葉を用いれば「リスペクト」から書いたものである。

 その「リスペクト」が稍もすれば慇懃無礼にもなり、はたまた、ミスリードも誘発するとしたら、そのバランスでもって、果たして読者諸賢には、何卒ご海容頂ければと希ったりする所存。

 

(続)

 

(2021/03/02)

 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(1)

 

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(2) - カオスの弁当

始メノ如ク終ワリヲ慎メバ(3) - カオスの弁当

 巷に流布する如是閑グッズを蒐め始めて二年目に突入した。

 見かけたものの入手できなかったものも少なくないが、取り敢えず、入手出来るものは取り敢えず確保して来た。

 今のところ、来歴がいくらかわかるのは掛け軸一本のみで、それ以外は記念品なのかな、くらいしか検討がつかない。

 

 如是閑の直筆には年号が書いていないものが見た限りだが、多い。なので余計に推定し辛いのだが、最晩年の頃になると、「卒寿翁」という肩書きを添書しているものが目立つ。

 とはいえ、やはりそれが誰にどういう場面でどういう意味合いで書かれて贈られたものか分からないのでは、仮に真筆だったとしても資料としては扱いに難がある。

 

 最初に手に入れた如是閑グッズは、九十歳の時の色紙だった。「慎終如始」の四字を揮毫したもので、歳の割にーーというと失礼だがーーしっかりした筆致でバランスも良く配されており、何より特徴のある「如」の字が大きくはっきり確認出来るよいサンプルであると思われる。

 さて、この四字熟語だが、これは如是閑と因縁浅からぬ『老子』の一節である。これを彼が誰かに請われて書いたのか、或いは進んで揮毫したのかーーそういうのこそ、筆者が自分で調べなきゃいけない事柄なのだが、生憎まだ全然調べていない……。

 しかし兎も角、個人的にはこれを如是閑の人生訓と見て間違いないと思ってたりする。

 

 だが、この「慎終如始」は彼の文芸作品には徹底されなかったきらいがある。

 何故に文芸作品“なんか”を持ち出すかといえば、筆者の関心が専らそちらに存するからであって、我田引水以外のなにものでもない。

 如是閑の文芸作品は彼の執筆活動の中で一ジャンルを占めていたが、それにしては現在の扱いは今ひとつ、の観がある。

 それは何より、小説なり戯曲なりが読んでみて実際そこまで面白いものばかりかというと、そうでもない為である。

 

 代表作に数えられる『ふたすじ道』は、少年院にぶち込まれて出てきた元・スリの少年が、堅気になろうとするが、結局、泥棒稼業に身を沈めてしまう顛末を描いた「佳作」である。

 何でこの話が佳作なのかと言えば、物語の始めと終わりがはっきりしているからである。その判明なプロットの上に、必ずしも少年の堕落が彼自身の意気地のなさに因むばかりではない事ーー即ち、彼が心の支えにしていた幼馴染の姐さんが、父親が成した高利貸しへの借金の方に身売り同然に嫁していくのを止めんが為に奉公先の金を盗んだ下りーーが加えられる事によって、ある種の告発や社会批判が成立するという訳である。

 

 『ふたすじ道』は彼の処女作であると同時に、「如是閑」以前のキャリアではあるものの、実質彼の署名と共に初めて一般に流布した文章でもある。

 この時の彼の状態というのは、家計の破綻と病気の為に学業を中断するを余儀なくされ、貧乏暮らしの中で床を離れられない、忸怩たる有様であった。そんな状態であったから、彼自身後年振り返ってその時期に書いたものについては、漫ろ書きだったように嘯いているものの、真実その前後に書かれた文章を合わせ読むと、年相応の焦燥と野心と劣等感と、何より自負心とが表出している。

 ただ、そんな時期の彼の文章の中では、『ふたすじ道』の文章は珍しく「現在でも読みやすい」文章になっている。これには相当、如是閑もとい長谷川“胡戀”が意識してその筆を構えていた事が容易に看取せられるというものだが、彼自身がその後もこの時のように意識して筆を構えるような事を続けて居れば、幾らか彼の文学者・作家としての声望は今日も続いたものであったろうと、筆者には思えて仕方ないのである。

(続く)

(2021/03/02)

機能と実用

 電信柱や鉄塔、鉄道とかそういったものにしばしば言われる「機能美」には、枕詞に「装飾を廃した」とかいうの言葉が置かれる事が間々ある。

 けれども、そこで余計なものとして邪険に扱われている装飾の担う役割を、構造物自体が負っている場合、装飾を殊更蔑めるような事をすると、結果として構造物自体を「下げる」事にもなりはしないかーーそう思われたりする。

 

 勿論、次のような意を組むことも可能である。というか、寧ろ、そうした文脈で言わんとしているのは、こっちだろう。

 即ち、しばしば装飾で以って示されているらしい「美」は、本物の美にあらず、構造物によって体現されている所の「美」が本物の美であるーーという言いである。

 これが頗る鮮明な対立意識の発露である事は敢えて言うまでもない。

 

 しかし、自ずと外野からは、ならばわざわざ「機能美」だなんて呼び方は止して、もっと他の、別の呼び方をすればいいじゃないか、と思われたりもするものである。

 だが、そこでハタと会話が行き詰まる瞬間に出会す事になるのは目に見えていて、それが恐らくは機能美を語る人間達にとっては、一番堪える瞬間のように思われたりする。

 ただ、そこでグッと堪えて、何をか言葉をつくらない事には、それらを称揚しようという人間達にとって、本当に「機能美」を祭り上げる事には繋がらないだろう。

 

 機能美に近い印象をもたらす言葉で「実用」という言葉がある。

 確かにそれは、機能美で言わんとする辺りの持つ一面を、それよりか強調した表現であろうと思われる。だがしかし、これも矢張り言わんとする所を余さず含んでいるか、というと未だ未だである。寧ろ「実用」とかいう言葉は、稍もすると、機能美という言葉で表明していた意識と対立する場合さえある。

 飽くまで、「美」という言葉を用いて残そうとした機能美を、時に実用は装飾に対して不十分な機能美が遇したように排除しようとする。これに対する機能美の立場は曖昧で、実用を自分達の核と見做す朋輩は、実用が自分達自身を切り離しに掛かる事にも無関心であろうとし続ける。

 他方、無関心でいられない勢は、嘗て自分達自身が切り崩そうとした装飾よろしく、これに抵抗してみせたりする。その場合でも、果たして自分達自身の不十分さには無関心の体を成している。

 そうしないではいられない、という事情も分からないではないーーというのも、殊、機能美の置かれた立場というのは、あんまりに酷薄で、どれだけそこから先に論を進めようとしても、為の資材が、余裕がないのである。

 

 ただ、そんな悩みとか苦しみとかいうものは飽くまで言葉にしようとすればこその葛藤である。

 そうしようとしなければ、果たして機能美の立場は明解だ。それは「いい仕事をする」という一事に尽きてしまう。

 山とか海とか、生態系とかは人間には作れないものだと考えられている向きは今でもない事はない。だが、それが(良かれ悪しかれ)出来てしまっている現実は確かに在る。

 電信柱や鉄塔、地中の水道管や地上の道路や鉄道など、そうした人為は言語を俟たず、二十四時間三百六十五日、人間による「いい仕事」を体現し続けている。それも日々、耐えざる保守点検の上に、である。

 

 そうした事を意識したくないのは、ひとえに最初に示した対立意識を、その問題の存在自体をはなから認めない為だとか、邪推したくなるのは、私ーー筆者が、何方かといえば機能美寄りの人間だからに他ならない。

 例えばローマの水道橋が何百年経っても堅牢なのは、現代よりも古代の技術が優れていたからで、故にローマは偉大なのだとか、そういう話は聞く耳を持とうとは正直思わない。

 刹那的、というのは概ね良い意味では用いられないが、思うに機能美は刹那的で一回こっきりである。それは、生きた人間を道具として見た時に最もよく分かる事である。

 その場合、人間は消耗品である。その消耗品が為す仕事というのが美しいのは、決してその道具の価値に因むものではない。どんなものでも生きた人間の所産である事には違いない、が、そこに良し悪しがある。しかも、それを決める秤というのは天与のものではない。

 そして、そんな生ける消耗品達にとっての機能美というものは、そうではないやんごとなき品々には関係のない「美」である。

 土台、生き方が違うのだから、こればかりは仕方がない。

 

 いい仕事は願っても一生の内に、道具のどれもが携われるものではないが、願わくば道具で終わる以上はそういう仕事にあり付ければーーと願う所だろう。

 だが、その念願、発心がそもそも悲惨ではないか、という批判に拠って立つ所から、機能美はそんな道具達が、自分達も人間である事の証し立てとして用意された感がない事もない。

 しかし、どれだけそこで道具達が自分達も人間であると言い張ろうとしても、所詮は自分達が道具であるという証明を先ず打ち立てようとしているに過ぎない事に、或る程度、話を進めた所で道具は気付いてしまうのである。

 そうして、愈々自分達の前提を打ち壊そうとした時に、機能美は、自分達の目標すら破壊してしまう事に気が付いてしまい、それ以上、自身を奮い立たせる事が出来なくなってしまう訳である。

 

 そこで必要なのは、百尺竿頭からなお一歩踏み出す心意気なのだが、これも当然ながら、刹那的な向こう見ずな行為であって、駄目で元々である。だがそれが絶えず普段から必要な、その位に人の世は不安定で、人類の文明というのは脆弱である。それが磐石に思われるのは、普段から膨大な身投げが為されているからだろう。機能美はそうした貢献への尊敬も当然含むのだろうが、それが苦痛の種になるのも一面の真実には違いない。

 

 実用という言葉は、この機能美の有する心苦しさを除去したものではないかと私には思われたりする。ただ、言い方を変えたからと言って、それがなくなった訳ではない。人間の営為に伴う心苦しさから逃れて、自然の内に楽土を見出そうとするのにも、実用と同じ忌避が看て取れるものだ。

 そんな考え方で「無駄」として排除されているものは、他でもない、何某かの感性なり、注意や関心そのものであって、それだから別段、本当には生活を改める必要もなかったりする。

 

 自分が何方かと言えば道具よりだ、という事は先述した通りだが、それだから私の場合には、その苦しみとかから逃れる術として、自分を何かの道具にしてしまう事を選択肢として選んでしまう。そうして、単に積極的に痛みを和らげようとかいう考え方に因むのではなくて、些細で稚拙な仕事ながらも、自分自身の性分というのがそもそも、道具に相応しい事に気が付いた時に覚える安堵を得ようとするのである。

 それを非難するのは簡単である。そして、そんな非難を受けての私の態度も実に曖昧なものである。というのも、結局それは大した仕事も出来ない内だからだが、辛うじて、そもそもそんな痛みを伴うにも拘らず、それにも我慢出来るような仕様になってない人間とかいう道具の仕立てがなってない、という減らず口を叩く事は出来ると思っている。

 それは私の「人間」に対する理解のお粗末さの証左でもあるから、勿論、そんな場面に出会さない事が何よりだが、何か普段から電信柱や鉄塔の話を事ある毎にしていると、いつかそういう衝突があるかも分からないのが実情とに思われる。

 だが、そんな衝突の一つも生じないような事態も私は望んではいない。

 自分の広めている話がそうした衝突に至るであろう事が自ずと目に見えている場合、係争は覚悟の上で行わなければまずい仕事であろう。

 決してそれを欲している訳ではない。ただ、その目論見が外れた場合は、自分がミスリードしていたという事になるから……ミスリードであって欲しくない、という願望があるのも否み難い。

 

 そして、今ひとつ本音を記すと、自分は機能美が「役立つから美しい」というような事を言っているような風にはなって欲しくない。役立っているとかいないとかいうのは、概ね感想に過ぎず、それを判定するのは恐ろしく難しいのだ。

 だったら、潔く快不快で切った方が判明でいいと思われる。役に立つ、立たないというのが姑息なのは、それが一見して何か快不快という見地から離れた指標に見せ掛ける言いだからである。そんな方便を使用してまで、どんな守るべき体面があるのか、とは果報者の自分の見である。

 「だから何?」で一蹴されてしまうような、浮薄な何某かに依拠するのは自分も同じである。ただ、その掴んでいる拠所とするものが違うのであって、それがお互い知り合わず、打つかり合いもせず、お終いまで関わり合いがなければ、一顧だにせずとも済むものであろうが、そうもいかないのが、ご時世であり、浮世である。

 更に、自分からわざわざ口論の火蓋を切っているのだから、全く知らぬフリで管を巻く事は無理である。そこで尚更、火の粉を避けようとして動こうとすれば、その仕事は中途半端に終わるように思われる。

 

 所で、結局、私が此処で記したような機能美云々の話は所詮私丈の話題であり関心なのかも知れないが、だとしてもその道具を自分で用意して何か作る事はやめられず、それは私自身にとり楽しい事である。そうしている間、自分は自分を道具として上手く働かしている実感を得る。そうして得られるのは心身の健康であり、これは私自身の生存に不可欠である事は言うまでも無い。

 消極的で裏寂しい、心苦しさを紛らわす為ではなく、私は積極的に健康的であろうと欲する。

 機能美は果たして、健康とも密接に結び付いている。それ故に気付き難いのであるが、自身の生存と密接に結び付いている事が、これの特徴のように考えるものである。

 普遍的では無いにせよ、自分にはこれより他の生活に関心を持つような事は難しいし、強いてそうする必要を感じる事も今の所は無い。個人的な背景がそっくり迫り出したものだと断言出来る。それを凹ませるのが何か作法だとしたら、いずれそうする必要が出て来たらするまでの事で、今の所はこのままで過ごそうと思う。

 それが吉と出るか凶と出るかは、それこそ分からないものだが、少なくともそれで駄目だったら、はなから無理な相談事だったのだと知れる迄の事である。

 

(2021/02/27)

寓話作家の虚構性

 アイソポス作の寓話の実在は確かではないものの、寓話の作家・語り手としての彼の実在は二千数百余年の間、長らく信じられて来たものである。

 彼の名前が冠せられた寓話の中でも取り分け、有名な物語に『羊飼の悪戯』、通称「狼少年」という物語が挙げられる。

 そこで出て来る少年は、度々「狼が来る」と嘘を告げて回っては、周囲の人間を驚かして愉快に浸り、終には全く信を失った。そして、真実狼が現れた時には誰からも真面目に相手にされず、狼に襲われて惨死を遂げた。

 狼に食い散らかされた屍というのは、大方直ぐには誰と判別出来るようなものではないだろうが、アイソポスの痕跡も又、そんな嘘つき少年と同じ末路を辿ったものである。

 それも彼が仕切りに饒舌を奮った為であろうが、果たしてアイソポスと少年の違いは、彼が人々が面白がって聞きたがるような話を吹聴して回っていたであろうに対して、少年は誰もが全く耳にしたくもないような事を捏ち上げて喧伝し、混乱を煽動した点に終極していると言えるだろう。

 

 その代償として、少年は聴くも無惨な死を与えられ、物語の中の登場人物として明らかに、その存在を揺るぎないものとした。そして、その悪事を営々今日まで語り継がれている者である。他方、アイソポスの存在は賞賛と名声と共に数十億数千億の人口に膾炙され、人類史上稀に見る境地に達した殆ど唯一の作家となったが、その生涯に関しては悪行の一つも言い伝えられるような事なき存在となった。

 アイソポスと少年を比べれば、最早何処にでもいて、何処にもいないようなアイソポスの存在は恰も神の如くである。だが然し、見方によって、アイソポスも嘘つき少年も共に無名の哀れな存在として扱われているに過ぎぬものとして言い包める事も出来るであろう。

 

 所で、そんなアイソポスに代表される寓話作家の虚構性は、その作家としての筋の良さを表す指標であると受け止められるべきものである。と同時に、その肝心の言いを、時宜に時節に符牒した事共を伝えられなかった筋の悪さとしても受け止められるべきものである。

 作家が寓話を述べるのに、その時々の出来事についての洞察やら諫言を述べる事を目論んで創作したかも知れない事は、今日、彼の他、有象無象の作家達の残した無尽蔵の著述から察せられるものである。そうしたそれぞれの時代のかんばせを形容していたかも知れない事共は、しかしながら、紆余曲折を経て目鼻をすっかり失ってしまった。その数も果たして膨大な数に及ぶ。

 そんな、今ではしゃれこうべになってしまったような物語を有り難がって、肉付けしてかつての面目を復元したりするような作業も面白おかしいものであるが、そもそもこうした血肉の腐敗の原因になるような事は何であったかと思いを巡らせるにつけて、作家が凝らした工夫が災いしたーーという結論に達せずにはいられないものである。

 

 何よりも、寓話に生きた血肉として付与された「こそばゆさ」こそ、寓話の腐敗第一の原因として挙げられるものである。

 面目を形作っていた素材は、平生、何か深刻な物事とかに頭を煩わせるのを得手としない聴衆の耳目を集中させんが為に用いられた技芸であったのだろうが、それが果たして仇となったとは考えずにはいられないーーという訳である。

 

 これは世の作家が屡々、腕に縒りをかけて優れば優る程に到りがちな過ちであると言えるだろう。

 何事か言い得たかのように書き上げたとしても、それは所詮、何処までも譬えに過ぎず、真実相を示し得た訳ではない。しかし、観客はそうとは先ず思わないもので、はやとちりをしてしまうのであるが、これは全く人間の性である。何せそんなに悠長に生きられる程、人間の生は安泰でもないし、長大でもないのだ。

 そんなそそっかしい生き物に対しては、先ずそれが誰かの創作した物語であり、自ずからそこには作家の偏見なり穿った見識というのが潜んでいるのだーーという警告を示しておく必要がある。勿論、騙くらかして骨の髄までしゃぶり尽くして食い物にしようと企んでいる場合には、そんな文言は必要ないのであるが、即ち、「信じようと、信じまいと……」という口上や、作者の氏名、作品・書物の制作・発行年月日、発行者名・版元などなど、本の奥付に書いてあるような事柄が、作家の如何ともし難い過ちを補完する「おまじない」なるのである。

 だとしても、そこまできちんと目を通すような読者なり視聴者というのは決して多いとは言い得ないのが実際の所である。

 ただ言葉として「物語」を知っていたとしても、それがどんな風で、どんな事柄を指すのかーーという事までを知らずに一生を過ごす、という人間の数も又、過少とは言えないものである。

 そんな人間は大抵、激情に任せて上演中の舞台に踊り上がったとしても、自分がそこから無碍に排除された理由を最後まで分からずに、遣り場のない悲憤に駆られて余生を過ごす事になるのである。

 更に、当の本人からしてみれば、それが一そ芝居の最中に舞台の上に闖入してしまったものであるからだった、と認めてしまえば楽になるものだろう、と察しが付いていたとしても、諾々として自分からは認められようものではないのである。

 そして、それは人生の殆どをスクリーンか、或いはモニターを前にして終えてしまったというような事を、それによって追認しなければならないような状況に既にして陥ってしまっているよう者であるならば、尚更、困難な一事であるだろう。

 

 さて、この様な愁嘆場に到ってしまった人間は、せめても自分にとって都合のいい物語を何とかして残りの人生をかけて良い塩梅に創り上げようとするが、殊更物語を作る研鑽をそれまで積んで来た訳ではない者達にとって、何か自分と同じ名前の人物を主人公に仕立てた物語を描こうとする試みが、そう上手く運ぶ筈もなく、結果として、より多くの資源を無駄にして困窮する羽目となる。そして、更に深刻な後悔と苦痛を被りながら、とぼとぼと力なく先の短い隘路を肩を窄めて歩くより致し方なくなるものである。

 

 不世出の寓話作家ですら果たして、本意か本意ならざるか、自らの創作物により生涯を食われてしまったものであった。

 仮にアイソポスが世にいう真理、真実と呼ばれる何事かを語らんとした者だったとして、正しくそれらは彼自身をして世を欺きせしめた挙句に、世人をして彼自身を真理の代名詞として残らず食らい尽くせしめ、後世に余塵も残さぬよう仕向けたものであった。そして、彼の語る所を挙って求めた消費者も又、同様に自身の名前を残す事なく塵に還ったものであった。

 

 自らの生涯や思念について何をか言わん、言葉を費やさんとした時には最早その弁舌が全く用を果たさなくなってしまっているのは、何も作家許りの運命ではない。

 それは普段から自らの駆使する言葉というものを買い被り過ぎる嫌いのある人間の、未だ幼きに因むものであると思われるものである。何か今現在達している段階の言葉という道具を用いて、その道具で輪郭をなぞった真理を捉えられると自身を頼んで疑わぬ姿勢ーーそれこそが、アイソポスに代表される顛末を招来するであろうものである。

 そうして、人間が、自らが全く言葉というものを使い熟しているものだと思い込んでいる内は、こうした出来事は数万年、数十万年、数百万年の間繰り返され、そして数千万年か経た後に、漸くその後裔が辛うじて生き残っていて、この「言語」とかいう機能を何とか使い熟せるようになった頃には、アイソポスの寓話も、現生人類の痕跡も、僅かに地層の数ミリメートルに名残を留める許りとなっている事だろう。

 

 それを幸と捉えるか不幸と捉えるかは、人それぞれの立場に依るだろう。

 だが、概ねこの様な事柄は全く一個の、健康な人間の生涯には無縁な話であると筆者には熟思われる次第である。

 

(2021/01/24)

『太陽の器』/夢中観劇随想録

 陽の光が、家の中に入れてくれーーと、もう二十年も戸を叩き続けている。

 そう妻が警察の調書に記している。

 そうーーなら、と私はいう。

 開けてご覧なさい。その青年は家で焼かれてしまった、よ。と。

 

 肝心な記憶がはっきりしないのだけれども、何分夢の中の事なので致し方ない。

 やな寒気と喉の渇きとで俄に目が醒めた頭の中に、この冒頭のセリフだけがはっきりとリフレインされていたので忘れてしまう前に筆を起こした。

 

 冷めた頭で振り返ると、如何にもな三流芝居の鼻につく台詞に過ぎず、何がそんなに面白位と思ったのか自分でもちっとも分からない。

 芝居のタイトルは初め、思い出さなかったのだが、水を飲んで布団に戻った辺りではたと思い出した。

 何処かで見かけたりしたにせよ、そんなものを思い出す切っ掛けが分からなかったが、兎に角、珍しくはっきりと覚えている此の文句に至るまでの流れを、忘れていない範囲でざっくり記録してみようかと思う。

 

 状況はこれもまたはっきりしない。ただ、時間を進めた後の方になってみるに連れて段々と筋も明らかになって来た。

 よくよく分析してみると、夢の元ネタも明らかになって来た。ああ、これは『テネット』だ、と。勿論、ただ何とはなしの印象である。部分々々の造形には、その前日に触れた情報が反映されていて、『テネット』らしい部分は、といえば、夢の醒める直前に抜け出したシアターの外の建物内の三叉路の景色くらいなものであった。よく思い返してみると、色とか照明とか全然違うのであるが。

 

 肝心な事を覚えていない、思い出せない、というのは夢の事に関する記憶のお約束である。

 だが、書いている内に一つはっきり思い出したのだが、それは冒頭に掲げた芝居のタイトルである。

 なんだかパンフレットをその場で読んだかのような気がするのだが、その途端、その場をすぐ立ち去らなければならない事が口惜しくなった。

 状況は複雑である。それは夢の事とてやむを得まい。が、因果関係が結ばれた事件を要件と見做して、それらを摘んで事系列に並べて記すと以下の様になる。

 まず私は初め、私は廃屋から抜け出た所であった。記憶のはっきりしている間から、自分は何か親戚か幼馴染か、よく分からない女の子を一人伴っていた。正確には、自分が伴われていたのかも知れないが、兎も角曖昧なのでよく分からない。

 ただ、その「物語」の核となっているのは、タンポポの綿毛とアザミであった。

 タンポポの綿毛とアザミは、どれも私にとっては馴染み深い近所の野草であった。ゲームでいう、ルート分岐みたいなのが、この物語の最初にどうやらあったらしい。

 それは、「タンポポ」と「アザミ」のどちらを綿毛と成すか、という事であった。結局私の中では、より絵的に華々しい方を選んだようであった。

 兎も角、それで私は、タンポポ=綿毛で、棘だらけのアザミの花を見るまで、彼女を振り回して歩き通していたのであったが、その道中というのはーー飼った事はないので正確には分からないのだがーー犬の散歩の様に、繋いだ手の先の方へ牽引される形で、或る意味、自動手記の様に運ばれるのであった。

 

 それで方々、幾つかの場所を巡ったようなのだが、覚えているのは、ちょっとした工場の建物くらいの大きなお屋敷が実は全て年老いた藤の木の一本が張り巡らした全身にプロジェクション・マッピングされていた幻影だと明らかになった辺りからであった。

 其処には長い事、老人が一人で暮らしていたかで、その人物が生死不明で確認の為に二人して訪ねていくーーという、全く脈絡のない展開であった。

 家に入ると、自分とその少女は、その木の下で何か夢を見せられた。見せたのが老人か藤の木なのかは不明だった。内容はドラマの予告編みたいなもので、テロップもなければ筋も分からないのであるが、その家の主人だか何だかが若い男の家に火を放って、その男というのが間男なのだが、妻に内緒で事故死に見せかけて焼き殺したーーという全く詰まらないものであった。

 そして、興醒めしてボンヤリしていると、何故か石仏かお地蔵さんの化身が現れて、それが怪力を持って屋敷の或る梁と柱を連結させていた部品をずらすだかした。

 すると途端に、自身を家屋敷だとか見せかけていた妖樹の幹がメリメリ地面から剥がされたらしく、自分らの見ている前で、その正体が露わになった。剥き出しになった枝の入り組んだ藤棚の骨格が無様に露わになった。足元も相応に根っこが隆起して凸凹していたが、そこをーー以前なら扉や壁が仕切っていたであろう空間をーー足を取られない部分を選択しながら進んで行くと、呻き声と共に、地面から外された電柱くらいの高さのある木の幹が、倒れる寸前で自分自身の網の上に寄り掛かって私達を、無い目と顔で睨んでいる様子だった。

 

 その傍をさっさと潜り抜けると、中学校の建物の横手に出た。正確には、近所の何校かある公立学校のアマルガムで、それだのに中学だと分かったのは建物の作りの不規則な事と、全体としての大きさの比であった。小学生よりも図体の大きな中学生を収容する校舎の寸法は、やや小学校よりも広い印象が私の中にあった。

 

 藪漕ぎをするのに前に立ってラッセル車の役目をするのは私で、そうで無いと絡まって直ぐ前に行けなくなるのだったが、そんな目の前の小径には腰の辺りにまで及ぶ草丈のアザミが生茂っていた。

 愈々、クライマックスなのだな、とは、そのタイトルーー伏線ーー回収の展開から察せられたが、そこにタンポポーー綿毛ーーが見当たらないので妙に思っていたら、相方もそれに気付いたらしく、足取りが重かった。

 何処かで分岐を間違えたらしい。

 それが何より意気消沈する/させる理由だったのであるが、自分としてはどうでも良いからさっさと前に進める事にした。

 藪のアザミは如何にも退転を阻むものであるように感じられたし、自分は又、今の自分の状況が煩わしくて仕方がなかった。何にせよ、恥ずかしいという思いと、人目に触れないのであれば、今暫くはこのままでも構わないかな、と思う気持ちが綯交ぜになっていて、結局、舗装道路の傍までに来てしまった辺りから、自分の手は羞恥心と煩わしさから連結器としての機能を失い始めていた。

 で、道路に出た所で彼女を放り出して、それから一人で歩き始めたのであったが、そこから、先に掲げた文言に至るまでのストーリーが開始されたようである。

 ただ、そういうゲーム仕立ての物語には全く私は疎いので、こういう説明であっているのかよく分からない。

 でも、比較的こういう語り方が適していると感じられる。

 

 それまでの相方は、そのまま舗装路を右に真っ直ぐ進んでいくと、その道は上り坂になっていて、先の方が葛折りになっていて、突き当たりに見えた所には遠い山の姿が見えた。元いた場所に帰るのだな、と思ったが、気にせず自分は腹が減ったのと、気分転換の為に、開放されていた建物の敷地内に入り込んで、そこの食堂だと思われた施設の引き戸を潜った。

 そこで、案の定、トラブルに巻き込まれたのであるが、その絡んで来た連中というのが執念く、十何年もそれから纏わりついて来たのであるが、恐ろしいのは、彼らのいう言葉が日本語ではあるものの、全く自分にとって要領を得ない言葉だったーーという事である。

 

 要領を得ないので、まず頭に入って来ない。だから、単語として聞き取れていたにせよ、それが羅列としてしか聞こえないので、丸で記憶に残らないのである。

 それが余計に私を「おかしな奴」と見せかけ、彼らに嘲弄を許す口実となっている事は理解出来たのであるが、兎も角こちらからしたら、その相手側の理屈は分かるので、目の前で取ろうとしたものを奪われたりしても平気であった。

 一応、書いておくと、私自身の少年期というのにこうした苛烈な事件は一個も起こらなかったし、又、相手の発してる言葉が、「言語明瞭、意味不明」という事態に陥る事も家の外では丸でなかった。

 

 ただ、何よりそれで自分が平気の平左でいられたのは、そこで手にするものが全て自分の物ではないからだった。

 又、相手も何かを弁えたもので、施設内のルールなのか知らないが、身体には決して危害を加えず、はっきりとした罵詈雑言というのも発しなかった。

 状況としては、話に聞く、監獄とか精神病院とかそういう場所に近かった。私はそこに偶々何も知らずと紛れ込んだ者であった。其処で、彼らは私に暗示をかけようとしているのだな、と感じたので、食事を抜きにして外に出た。

 進む方向は、丸で景色が違うのだが、今し方、「犬」が去っていった方角であった。

 

 夢の中では、進む方角にしか世界が存在せず、存在しない世界には関心の向きようもないので進みようがない。

 概して転倒した夢の、数少ない私の発見した規則は、世界が観察者に先んじているという事である。

 そもそも観察や経験という事自体が不可能な仕組みになっているのだ。

 それで自分が門ーー引き戸と入り口の敷石を一メートル足らず挟んだ場所にあったーーを出ると、彼らは無視されたのに腹を立てたのか、私を追いかけ始めた。

 と言っても走って来るのではなく、ニヤニヤしながら「オラついて来る」のであるが、その歩みは遅く、然し着実に私の行く先を予測してワラワラとゲジゲジのように這い出して来るのであった。

 その姿というのが、左右非対称の道化の様な衣装をしていて、明らかにその出所がフィクション由来である事を示していた。

 その頃になると、ようやく彼らの言っている言葉の内容も聞き取れるようになってきて、少しずつーー危ないとは思いつつもーー耳を傾けてみると、如何やら

 

「〇〇があるけど、××しないのか?」

 

という、紋切り型で自分の行動や結末を誘導しようとしているもののようであった。

 〇〇に当て嵌るのは、行動の動機や切っ掛けで、要するに本来なら私の中にしかないようなもので、それを指摘するフリをして、私の中に植え付けようと騒ぎ立てているのであった。

 風の精とか、蓋し「悪魔」とか呼ばれる存在はこういうものなのかーーと、その目論見に気付いた辺りで何やら無性に腹が立って来て、自分は人目も憚らずに、パパラッチの如き彼らに対して先回りして只管言葉を放ち捲りながら最大船速で歩き続けた。

 言いつつも、自分も本当にしようとしている事を話すのではなくて、出鱈目を話し続けるのであるが、意外とそれが難しく、うっかり自分でも気付かない内に「本音」を言わないように時々、しゃっくりをするみたいに言葉を噤む時というのがあった。そんな時には、彼らも黙り込んで「それで?」と言わんばかりに、ニマニマしながら並行して移動した。

 進行の邪魔をするのは、彼らの中では禁止とされている様子で、そうはならないように陣形を組んで歩いている。その陣形も又、よく出来たもので、自分が妨害する意図を以って彼らの網を突っ切って進もうとすれば、忽ち彼らが避けてーー結果的に彼らの思う方向へ誘導出来るようになっていた。

 

 予防線だかビフだかに相当する言葉も、そういう意味のない言葉を発するのに慣れていない人間からするとストックは直ぐに尽きるもので、景色が変わるに連れて自分も黙りがちになった。

 ここで何か罵声の一つでも浴びせかけて追い払うだけの貫禄なり術を持っていたら事情は違ったのであろうが、そういう交渉には全く経験がない自分は、今更、ダウンジングでもするかの様に、眉間から鼻先の辺りに感じる何がしかの感覚を想像して、その行き先へ只管、爪先を向けて移動していった。

 歩を進めると、彼らの形というのも、気が付けば随分と立派な物になっていて、そのファッションも奇抜だが、ありふれた物になっていった。対して、私の風体は何か愈々場違いなものの様にーーというのも、私の背格好は最初から然程変化がなかったのであるーー相対的に変化しつつあった。

 気が付けば、その場所は所謂ショッピングモールとか呼ばれる屋内の、羽田空港ほど天井のある巨大な空間で、彼らの円陣も苦にならない程、広々とした歩行空間が保たれていた。

 其処で自分は一旦立ち止まって、何か訳の分からない事を一人に向かって話した気がするのだが、その内容をよく覚えていない。

 確か

「僕は宿題をやったけれども、君はまだ宿題をやってない。やらなければいけないんじゃないか? そうなんじゃないか?」

とか、そんな風な事を言った所、その一人が吹き出して、途端に白けた様子をして文字通り散って行った。

 その足で自分は自動ドアを潜り、そこで列が出来ているのを見た。すると、確かに其処には、見た目こそ変われど、見覚えのある細工の顔が列を成して、何より、一人だけ背格好の変わらない高校時代の担任が何かを取り仕切っていた。

 その時、自分はうっかりして誘われもしない同窓会に顔を出してしまったような事に気付いて思い切り、バツが悪くなった。

 気が付けば金属製のケースを手に握っていた。10本入りのシガーケース位の大きさで、小窓が付いていて中に硬券が入っているような感じであったが、それが本物の招待券なのか、或いはさっきの食堂での拾い物なのか、確かめる術は目の前に明らかであった。

 列に並んでいる連中か、或いは其処で立ち回っている担任に声を掛けたら済む話なのであった。

 

 さっきの事といい、今置かれた状況とに心底無性に腹が立って、仕方のなかった自分は自分でも驚く程力が出て、ケースをへし曲げて手の内に何とか隠すと、誰かに声を掛けられない内に退散する事にした。

 フロアはホールとエスカレーターを中心にしてて、エレベーターや階段は周縁部に配置されている、よくあるビルだった。

 結局、いつに間にか彼らに誘導されてしまったのか、という疑念も浮かんだが、そんな事より一刻も早く立ち去りたいと思えば思うほど、不思議と人混みの中から見知った顔をいくつも見付けてしまうのだった。そのいづれも名前は出て来ないのであるが、兎も角、バレないよう、見つからない様に努めるのはーー専一、「如何して此処にいるの?」と訊かれない為であった。

 正直に答えても恥ずかしいし、偶然だと言っても信じて貰えないだろう。何よりか、声を掛けられなかった者が、当日闖入する事ほど、お互いにとって厄介な事はない。招かれざる客も無礼には違いないが、多少縁故があって誘わなかった主催者もこの場合、少し許りは無礼になるのだ。

 

 不要な接触は兎に角避けようと先を急いでいると、コインロッカーのブースを抜けた辺りで、先程の「悪魔」連中の一人と思しき奴が傍から飛び出して来た。

 その顔と一瞬、目があった。が、自分はそれは咄嗟の反応であったし、それで誤魔化して先を急いだ。相手も何かに気付いた様子であったが、もう済んだゲームを再開する程の温度でもお互いになかったようである。

 

 相手が怯んだ隙に自分はどんどん前へ進んでいたが、その頃にはもう、起きている間に歩いている時の、普段通りの調子に戻っていた。

 改めて、視界の広さに満足していると、先程、トイレから出て来た小鬼がちょこまかと走り回っているのを目端に捉えた。

 余裕が出て来ると夢の中でも観察者の地位を得る事が出来るのだが、その野球帽にサッカーのサポーターの様な姿というのは、如何にも自分から見て「奇妙」だったが、段々にそれが数を増やしていくと、今度は反対に自分の姿というのが如何いうものか気になって来た。

 それで見ると、ロングコートに帽子を被ったいつもの格好だったのだが、それが彼らのユニフォームと併せて、場をこれ以上ない程、混乱させているのが明らかだった。

 場所はモールの中の映画館の様であった。気が付けば自分は半券もないのに大分奥まで紛れ込んで来てしまったようで、ただそれを咎める係員とかもおらず、人が大勢、劇場から劇場へ移動している最中だったから、自分も暫くぶらぶらしながらボウッとしている者であったが、不図、さっきのゴブリンがこれから何を観る予定なのか興味が起こった。

 そして、シャアシャアと環境音の喧しいシアターの中に入ると、パンフレットかチラシを何処からか押し付けられた。

 

 其処に書いてあって、自分は読んだ文章というのが、冒頭に掲げた文句だったのであるが、其れを読んだ瞬間に、俄然その芝居を観る気が起こって、急いでチケットを買いにシアターを出た所で、開演五分前だかのアナウンスがブザーと共に鳴り響き出したのであった。

 更には、駆け足で此方へ向かって来る小鬼の顔が、チラリと此方に向けられて、屈託のない顔で笑ったりしたので、愈々自分は残念に感じてロビーの階段を降りたのであった。

 

 そのタイミングで目が醒めたのであったが、目が醒めた直後の感想は、

「物も言いようだな」

という何の捻りもないものだった。

 芝居を観た訳でもないし、感想もこれ以上ないのであるが、もしこれが、“藤屋敷”の下とリンクしているのだとしたら、愈々観られなかった事が残念で仕方がない。

 こんな真冬に薄着をして寝た自分が悔やまれる。

 

 所で、少女の行方はとんと検討がつかない。

 まさかに死んだか、或いは陽の光を待ち侘びているのかも知れないが、だとしたら自分は火を付ける役に回ったのかも知れないと考えると、切符を持ってなくて良かったような気がしないでもない。

 

 分析は特に必要としていない。寧ろこれは、表面的にそれだけで愉しむものだと理解している。

 或いは既にして雄弁にそれ自体が語り尽くしている感も無きにしも非ずだ。

 

(2021/01/15)